三ノ丸
更新日:2023年8月31日
三ノ丸は生駒期から松平初期にかけては倉庫が数棟建てられていましたが、元禄13年(1700年)に御殿(旧披雲閣)が移動され、藩政の中心地となりました。現在は大正3年から6年に建築された披雲閣や高松城に関する史料を展示した陳列館があります。
現在の桜御門
桜御門
三ノ丸の入口には桜御門という櫓門がありました。昭和20年(1945年)の高松空襲により焼失してしまいました。石垣には火災により赤く焼けた痕跡や、石材の表面が弾け飛んだ跡があります。令和元年度から復元整備工事を開始し、令和4年6月に完成しました。現在、2階内部の展示施設を見学することが可能です。
披雲閣外観
披雲閣
現在三ノ丸に現存する披雲閣は、高松松平家第12代当主頼壽(よりなが)伯爵の別邸として大正3年から6年(1914年から1917年)に清水組(現在の清水建設株式会社)の4代清水満之助により建てられた建物です。伝統的技法と洋風技術が融合した、大正時代を象徴する代表的な御殿風建築です。城郭内にこれだけ大きな建物が現存するのは全国的に見てまれで、重要文化財に指定されています。
建物内部には142畳の大書院をはじめ、蘇鉄の間、槇の間、松の間といった部屋から見える風景にちなんだ名前が付けられた各部屋があります。貸館としても利用されており、茶会やコンサートなど多彩な催しが開催されています。
それでは江戸時代の藩主はどこに住んでいたのでしょう?天守に住んでいたと思われがちですがそうではありません。御殿と呼ばれる建物が居住に使われました。絵図によると、築城時には本丸、その後本丸と二ノ丸の2箇所に建てられていましたが、寛文11年(1671年)からの大改修に伴い、元禄13年(1700年)には三ノ丸に御殿が移りました。この御殿も披雲閣と呼ばれており、『披雲閣古図』によると現在の披雲閣の2倍くらいの大きさがあったようです。
波の間
披雲閣2階にある波の間からは、瀬戸内海と御庭が一望できます。この部屋には大正11年(1922年)に摂政時代の昭和天皇が宿泊されました。
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