ふりがな

なんかいどうすいていち 古代の国道「南海道」

遺跡名

南海道推定地

所在地

高松市三谷町

時 代

 奈良〜平安時代

 説 明

 日本最古の田図である重要文化財「弘福寺領讃岐国山田郡田図」(多和文庫蔵)は,奈良時代の高松市林町の様子を描いたものである。この田図に描かれた場所を確定するため,昭和62年度〜平成10年度にかけて高松市教育委員会が発掘調査を実施した。この調査は,高松平野に碁盤目状に残る条里地割にメスを入れる調査でもあった。この条里地割は,田図にも描かれており,奈良時代には存在したようである。
 さらに,平成7年度において,高松平野の条里を研究するうえで貴重な調査が行われた。それは,古代の国道である「南海道」の発掘である。現在,高松平野の条里は,平野を東西に走る南海道を基準に設定されたと考えられているからである。この南海道の道幅分が,条里地割に幅約10mの余剰帯として存在し,この部分を発掘調査した。その結果,現存幅6mを測る断面逆台形の切り込みを発掘した。時期は不明だが,周囲の状況や他の古代の道の発掘例を参考に,南海道の可能性が指摘されている。

写真

図面

 

    切り込み遺構                切り込み遺構断面