ふりがな

さこ・まつのきいせき 高松平野の水田の歴史

遺跡名

さこ・松ノ木遺跡

所在地

高松市林町

時 代

 弥生時代後期,平安時代末

 説 明

 西隣のさこ・長池遺跡から続く旧河道と東岸の微高地が,遺跡の範囲である。この遺跡は,高松平野の農業史の一端をわれわれに教えてくれた。
 弥生時代中期から後期後半では,水田は確認していないが,下流域にあったと推測されている水田のための潅漑用水路が見つかっており,当時の人々の水管理能力を知ることができる。
 古墳時代中期末から後期初頭においては,低い小畦畔によって長方形を呈する水田が,全部で58面確認されている。1面あたりの面積は約4uと狭い。水田は緩斜面に作られており,水の供給は弥生時代以来の畦越しにより行われている。
 平安時代末期から鎌倉時代初頭においても,古墳時代と似るが,長方形のほかに正方形も見られ,平均面積も71uと大きくなっている。水の供給は,変わらず畦越しにより行われている。
 このように,古代になっても凹地である旧河道では,狭い水田が伝統的な方法で長い間行われていた。これは,少しでも多くの米を収穫しようとする古代の人々の努力であろう。

写真

図面

 

小区画水田(平安時代末期〜鎌倉時代初頭)    弥生土器(弥生時代後期)