ふりがな

かえるまたいせき 平安時代の畝と溝

遺跡名

蛙股遺跡

所在地

高松市伏石町・太田下町

時 代

弥生時代後期,平安時代前期

 説 明

 蛙股遺跡では,弥生時代以降のものを検出している。弥生時代では,後期に属する土器棺が見つかっている。大型の壷を棺としたもので,おそらく乳幼児の墓と考えられている。県内では,弥生時代後期から古墳時代前期によく見られる埋葬方法で,当時の人々の葬送を知る資料である。
 平安時代後期の畝と溝は,高松平野では珍しく遺構として確認された畑の痕跡である。何が植えられていたのかはわからないが,当時の農業の一端を垣間みることができる。
 江戸時代の塚も2基見つかっている。石を積み上げた塚の底からは人骨が見つかり,これが江戸時代の墓であったことがわかった。高松平野には,石積みの塚をよく見かけるが,それらの中にはわれわれ祖先の墓も混じっているのであろう。

写真

図面

 

        畑の畝(平安時代前期)       土器棺(弥生時代後期)