ふりがな

ひっこんばらいせき 弥生から古墳時代にかけての集落

遺跡名

凹原遺跡

所在地

高松市多肥下町

時 代

 弥生時代中・後期

 説 明

 凹原遺跡の名の由来は,遺跡が所在する場所の字名による。いささか変わった名だが,発掘調査の結果,その理由がわかった。旧地形は,南北それぞれに微高地があり,その間に斜めに横切る低地部が確認された。この低地部が,凹原の名前の由来となったのである。
 弥生時代から人が住み始めており,中期の竪穴住居跡1棟が見つかっている。この住居跡からは,石器の原材料であるサヌカイトの小さな破片が大量に出土しており,石器作りを行った作業場かもしれない。
 もっとも盛んに人が住んでいたのは,弥生時代後期から古墳時代初頭にかけてで,微高地からは竪穴住居跡や井戸・溝・土坑が見つかっている。一方,低地部では当時の人々が捨てた土器破片が大量に出土している。このように,当時の人々は微高地上に集落を営み,周囲の低地部に壊れた土器など生活不用品を捨てていたのであろう。また,この集落より少し離れた場所からは,土器棺墓が2基見つかっており,当時の墓地の位置も確認されている。

写真

図面

 

        遺跡航空写真         弥生土器(弥生時代後期)