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高松藩士由緒録 ≪ゆ・よ之巻≫
高松藩士氏名
高松藩士由緒録記載事項
877
湯浅禮蔵
礼蔵,徒士に召しだされる。
878
由佐伊八郎
祖父安太夫。
その子半次郎。
その子半次郎,手代より吟味人となる。
その子伊八郎,初め半弥という。小僧となる。のちに半次郎と改める。用人手代より吟味人並蔵奉行となる。
879
横井新右衛門
先祖加左衛門,元禄元年(1688)郷手代後,四人扶持百俵,同百俵役料郡奉行となる。
その子加左衛門・養子谷左馬之助与力菅目次左衛門兄,留守居のちに郡奉行となる。
その子新右衛門・養子吉川柳庵弟,馬廻番頭より奥目附となる。
その子権之助馬廻番組となる。
880
横井弥五郎
弥五郎,■姫様御守御目見,小納戸奥目附兼帯となる。
881
横倉与次右衛門
元祖与次右衛門,下舘において勘定仕え,高松御入部後百石勘定奉行のちに二百石大坂留守居となる。初め与左衛門,また喜右衛門という。
その子久右衛門,同大坂留守居となる。
その子久右衛門・養子肥田半兵衛次男,のちに三百五十石年寄となる。
その子平右衛門・養子鵜殿九郎兵衛弟,家督二百石旗奉行となる。
その子平右衛門・養子入谷八郎太夫弟,奉行となる。
その子与治右衛門,書院番組より横目徒士頭となる。
882
横倉幸太
幸太・平右衛門次男,のちに鉄砲方惣領組に召しだされる。
883
横田左右衛門
左右衛門,後稲田外江騎馬役,日矢数行い留守居寄合後,開高二十石の大番組となる。
884
横山太郎兵衛
先祖太兵衛,下舘において徒士,高松御入部長屋奉行となる。
その子太兵衛,久姫様奥番中川家へ行く。
その子甚左衛門,包丁人となる。
885
余悟甚五右衛門
父甚五右衛門,徒士。
その子甚五右衛門,初め徒士,後五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。後役料召し上げられ留守居寄合となる。
886
吉川太作
先祖市左衛門,初め内証手代後百俵四人扶持金蔵元締役となる。天和3年(1683)五人扶持二百俵郡奉行となる。
その子市左衛門,馬廻番組百俵となり,
その子六左衛門,また同じ。
その後太作,馬廻番組後百五十俵新組頭格側用人五十俵役料用人となる。
887
吉川柳庵
立庵・太作同族,七人扶持表医師となる。
888
吉田善兵衛
先祖助太夫,延宝元年(1673)酒井家より本寿院様御供,徒士目附のちに十五石三人扶持下さる。
その子助太夫,百俵四人扶持春光院様附。
その子助太夫,百俵役料使番となる。
その子善兵衛,百五十俵四人扶持五十俵役料城附となる。
889
吉田忠右衛門
父安右衛門,徒士。
その子忠右衛門・養子,陶村牢人徒士となる。
890
吉田伝左衛門
先祖伝左衛門,万治元年(1658)五十石城代与力。
その子彦兵衛,後百石公子亀千代頼直抱守。
その子伝左衛門,奥目附後号を亭山という。
その子平蔵,大番組早世,隠居亭山再勤。
その子市五郎・養子熊田与兵衛三男,大番組後出奔により断絶する。
伝左衛門・桜井与一左衛門次男,十五郎出奔の後隠居し,亭山へ五人扶持下され後,名跡相続養子となる。徒士として召しだされる。
891
吉田彦兵衛
先祖清八,正徳3年(1713)勘定場手代より蔵奉行後,四十俵四人扶持奥目附となる。
その子覚右衛門,享保6年(1721)作事手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。
その子彦兵衛,大番組よりのちに百五十俵四人扶持五十俵役料徒士頭となる。
892
吉田甚右衛門
甚右衛門・清八の弟,享保3年(1718)小僧より後作事奉行となる。
893
吉田孫十郎
先祖七郎兵衛,宝永(1704〜11)頃に蔵手代。
その子六右衛門,用人手代後,蔵奉行留守居寄合。
その子卯右衛門,中寄合となる。
その子孫十郎,小寄合となる。
894
吉田弥助
本家吉田藤右衛門,水戸より肥田和泉与力,のちに二百石寺社奉行となる。
その子藤右衛門,奉行となる。
その子藤馬・養子浅見五郎兵衛次男,後改易断絶となる。
先祖加右衛門・藤右衛門同族,貞享2年(1685)金五両馬乗となる。
その子加右衛門,十五石四人扶持馬乗となる。
その子勝右衛門,伯楽となる。
その子弥助・養子後藤与一左衛門弟,伯楽となる。
895
吉田勇次
先祖義庵・藤右衛門同家二百石御ヒ。
その子玄琳・養子菅目玄仙(菅目姓の記述なし)子,二十人扶持医師,後御暇願いして牢人となる。
又八・義庵実子,初め徒士に召しだされ後五十俵四人扶持中寄合剣術師役となる。
その子勇次,惣領組五十俵四人扶持となる。
896
吉田左兵衛
左兵衛・吉田又八姉老女左枝・養子綾田弥一郎次男,惣領組後,側小性となる。
897
吉田紋之助
紋之進・吉田又八姉女中松尾・養子朝倉十左衛門次男,徒士となる。
898
吉田理左衛門
先祖理左衛門,明暦2年(1656)召しだされ金方手代となり後三人扶持八石留守居となる。
その子理左衛門,日帳付より十五石四人扶持祐筆となる。
その子何太・養子上田造酒次男,奥祐筆となる。
その子理左衛門・養子,祐筆後,奥祐筆となる。
899
吉原三八
先祖脇坂貞庵,元禄8年(1695)五十俵五人扶持表医師となる。後百五十俵十人扶持
その子半蔵・養子吉原文太夫次男,吉原同姓をおおせつけられ吉原と改める。家督百俵五人扶持小納戸となる。
その子半蔵,後百五十石五十俵役料寄合番頭となる。
その子三八,次小性五十俵役料横目となる。
900
吉原文太夫
元祖文太夫,下舘において鷹匠。
二代目文太夫,後百石鷹匠頭,これより代々鷹匠頭となる。
その子文太夫・養子近藤惣左衛門/幸左衛門もしくは惣太夫か/弟。
その子文太夫・養子実弟。
その子文太夫・養子谷左馬之助五男。
901
吉本佐野八
佐野八,大蔵様御部屋小姓,惣領組並留守居番組格となる。
902
依田佐左衛門
本性依田,のちに宮坂と改めまた依田と改める。本家元祖,水戸御譜代依田四郎兵衛のちに断絶する。
延宝2年(1674)先祖初め弥兵衛,三左衛門,新組に召しだされ代々頬付鉄砲方となる。
その子佐左衛門,惣領組。
その子佐平太,惣領組。
その子佐左衛門・養子村山平次兵衛子,惣領組となる。
903
米田髄圓
髄圓,寛保元年(1741)表坊主のちに絵師,十石三人扶持表坊主となる。
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