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高松藩士由緒録 ≪や之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

819

八木弥五左衛門

先祖弥五左衛門,下館において徒士のちに五十石高松御入部百五十石後三百石奉行となる。

その子弥五左衛門,留守居頭となる。

その子弥五左衛門,書院番頭となる。

その子弥五左衛門,書院番頭となる。


※ 養子縁組等先
  
池内彦兵衛家   緒方物集馬家?
  角田伊八郎

820

矢嶋惣太郎

本家矢嶋友右衛門,郷大番のちに御暇となる。

父七郎右衛門,徒士小頭となる。

その子七郎右衛門・養子山田村牢人矢嶋友右衛門の次男,徒士より惣領組となる。

その子惣太郎・養子木田徳左衛門(木田姓の記述なし)の子,徒士となる。

821

矢代浅右衛門

浅右衛門,初め代官手代よりのちに郷普請奉行となる。

822

矢代和太夫

父権八,五十俵四人扶持大番組となる。

その子和太夫・養子星野平左衛門の弟,留守居番組となる。ゆえあって改易断絶となる。


※ 養子縁組等先
  芦沢専吾

823

矢杉茂右衛門

父惣右衛門,正徳(1711〜16)の頃,徒士,

その子茂右衛門,奥番となる。

824

矢田斧右衛門

斧右衛門,惣領組のちに奥番となる。

825

矢田友右衛門

元祖友右衛門,生駒出人,始め公子図書様家臣,宝永元年(1704)二十俵四人扶持のちに百俵御林御守役となる。

その子藤兵衛,のちに六人扶持加増合わせて百俵十人扶持奥目付附御林御守役となる。

その子友右衛門・養子原田村牢人矢田某の子,奥目附のちに数寄奉行となる。

826

矢野伊六

伊六,初め辻外記与力のちに道具奉行となる。

827

矢野喜太郎

先祖茂右衛門,馬屋手代,宝永元年(1704)病死。

その子次郎太夫,手代よりのちに留守居番組。

その子武左衛門,享保16年(1731)賄人よりのちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子武左衛門,百俵四人扶持馬廻番組より大納戸となる。

その子喜太郎,大番組となる。武兵衛と改める。


※ 養子縁組等先
  
矢野代右衛門家   山崎只八

828

矢野代右衛門

父孫三郎・武左衛門弟,手代より道具奉行。

その子代右衛門,徒士より馬乗となる。

829

矢野半吾

先祖次郎右衛門,水戸より御附,寛永19年(1642)二百石代官後二百五十石郡奉行となる。

その子左次右衛門,町奉行となる。追って,知行召し上げられ五人扶持くだされる。

その子左次右衛門,惣領組よりのちに百五十石五十俵役料町奉行となる。

その子源右衛門,家督百石大番組より側小姓用人奉行用達,書院番頭格,御用場見習追って御免,寄合番頭となり再び御用場見習定府,年寄四百五十石となる。隠居の節,三十人扶持くだされる。

その子半吾,四百五十石側小姓より惣領組頭となる。

830

矢野理助

先祖孫八郎,万治2年(1659)御用部屋手代より後二百石郡奉行となる。

その子理助,先手頭となる。

その子孫八郎,使番となる。

その子孫次郎・養子実弟,馬廻番組与頭となる。

その子理助・養子孫八郎子,馬廻番組より後物頭となる。


※ 養子縁組等先
  
矢野小一郎家   矢野八郎

831

矢野小一郎

先祖古逸・本家理助別家徒士より後留守居。

その子庄蔵,徒士より後中寄合。

その子孝蔵,徒士目附,小一郎と改める。

832

矢野八郎

八郎・矢野理助姉老女佐保路・養子平塚十兵衛三男,惣領組に召しだされる。

833

矢部次(治)兵衛

先祖治兵衛,元禄11年(1698)召しだされ十人扶持のちに二百石御守となる。

その子治兵衛,家督百五十石物頭となる。

その子治兵衛,馬廻番組となる。

834

安松千助

先祖千助,享保元年(1716)包丁人,のちに蔵奉行となる。

その子千助,宝暦7年(1757)銀札場手代のちに吟味人となる。

835

山内関蔵

先祖儀左衛門,寛文4年(1664)十両三人扶持小姓のちに二百石書院番組となる。

その子儀左衛門・養子高畑要人の弟,物頭となる。ゆえあってのちに永の御暇となる。

その子儀左衛門,宝暦4年(1754)惣領組に召しだされる。

その子義三郎,惣領組となる。

その子関蔵・養子三木秀伯の次男,徒士となる。


※ 養子縁組等先
  菅谷宇太夫家?   溝口斧之進家?

836

山縣銀右衛門

先祖甚七,正保4年(1647)十両四人扶持大番のちに百石小納戸となる。

その子唯右衛門・養子,馬廻番組となる。

その子子太夫・養子太田圓右衛門弟,また同じ。

その子銀右衛門・養子太田圓右衛門次男,また同じ。

837

山口喜兵衛

父喜兵衛・老女養子三好与一左衛門の弟,鉄砲方惣領組に召しだされる。

その子喜兵衛・養子小松文右衛門小松姓は一軒のみ)の次男,惣領組となる。

838

山口五郎右衛門

父五郎右衛門・中間頭山口小右衛門の弟,徒士に召しだされのちに徒士目附となる。

その子五郎右衛門初め益齋という。小僧よりのちに徒士小頭となる。

839

山口信蔵

元祖弥右衛門,下館において百石新番高松御入部二百石後二百五十石物頭となる。

その子弥右衛門,家督の後,病気につき御役御知行指上げ申すも鵜足郡川津村にて地方五十石下され在宅,のちに大番それより代々大番組となる。


※ 養子縁組等先
  
山口広助

840

山口広助

先祖杢右衛門,山口弥右衛門別家,水戸より来る。寛永19年(1642)金十両三人扶持小姓のちに百石大番組それより代々番組となる。

父権蔵,留守居与頭。

その子広助,馬廻番組となる。

841

山口甚太郎

先祖,その後免助,初め茂之という。小僧よりのちに徒士目附となる。

その子甚太郎,徒士となる。

842

山口隼人

先祖長兵衛,慶安2年(1649)召しだされ百俵五人扶持のちに百五十石下さる。

その子国平,物頭となる。

その子隼人,五十俵城附となる。

843

山口平佐

父彦右衛門。

その子平弥,奥小僧となる。

その子平左。

844

山口孫十郎

孫十郎,初め代官手代より蔵奉行となる。のちに倅の新助に不慮のことがあり願い出御暇となる。追って三人扶持下されのちに道具奉行となる。道具蔵騒動に付き留守居寄合不座となる。

845

山崎惣右衛門

先祖武右衛門,初め末ノ者,元禄14年(1701)に奥賄人となる。

その子惣右衛門,奥附物書よりのちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子新十郎・養子井上宗順(井上姓は六軒あるも,該当者の記述はなし井上へ)の子,家督百俵馬廻番組となる。

その子惣右衛門・養子吉川太作の末弟,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  山崎規矩輔

846

山崎規矩輔

父彦治・山崎惣右衛門の実子,初め牛窪勘兵衛与力のちに京都において日矢数を行い百石下され大番組後中寄合となり,この家督を次男へ下さる。

その子規矩輔,部屋住みの内,京都において大矢数を行い格別百石下され大番組のちに中寄合となる。


※ 養子縁組等先
  山崎彦輔

847

山崎只八

先祖藤八,承応2年(1653)徒士よりのちに九両四人扶持大番組となる。

その子藤十郎,徒士よりのちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子弥次郎・養子朝倉茂左衛門の子,奥目附となる。

その子弥次兵衛,奥横目となる。

その子只八・養子矢野武左衛門次男,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  国方作兵衛家   田所又右衛門家   山崎才八

848

山崎才八

父権次郎・山崎弥次兵衛の弟,徒士に召しだされる。

その子多吉,徒士となる。才八と改める。

849

山崎彦輔

彦輔・彦次彦治か/次男,父の家督五十石下され大番組となる。

850

山崎半

父,延享元年(1744)徒士に召しだされのちに惣領組。

その子半,徒士より惣領組のちに五十俵四人扶持側小姓,使番並になる。

851

山地久太郎

先祖専八,万治3年(1660)御用部屋手代のちに京都銀奉行となる。

その子伊三郎,惣領組のちに五十俵四人扶持数寄奉行となる。

その子専八・養子窪田平四郎の弟,留守居与頭となる。

その子久太郎,留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  窪田平四郎家   山地瀧蔵

852

山地瀧蔵

滝蔵・専八同家,初め岩嶋主膳与力のちに徒士惣領組留守居番組三十俵四人扶持下さる。

853

山地文左衛門

先祖より代々,船与力である。


※ 養子縁組等先
  
山地勝左衛門

854

山地勝左衛門

父喜當太,山地文左衛門の弟,始め帯刀様御部屋小姓のちに表側小姓となる。

その子勝左衛門・養子平塚十兵衛の次男,惣領組となる。

855

山下権右衛門

先祖権右衛門,下館にて徒士となる。

父権右衛門,徒士より徒士目附となる。

その子権右衛門,初め大蔵様附定府惣領組並のちに御国勝手惣領組となる。

856

山下多之助

元祖又右衛門,慶安3年(1650)百俵十人扶持大番組四百俵十人扶持使番となる。

その子三郎兵衛,横目となる。

その子新七・養子星野宮内左衛門三男,家督二百石となる。

その子又右衛門,幼少に付き十人扶持のちに百俵十人扶持となる。

その子又右衛門・養子星野兵左衛門次男,大番組となる。

その子多之助・養子中村弥右衛門子,七人扶持大番組,三郎兵衛と改める。

857

山下万作

先祖太兵衛,元禄7年(1694),鵜足郡内田村において開高二百石。

その子太兵衛,のちに奉行となる。

その子太兵衛,徒士頭となる。

その子半蔵・養子岩田半左衛門次男,馬廻番組。

その子太兵衛・養子那珂郡ハザマ村牢人小国彦四郎次男,大番組より後,使番。

その子万作・養子滝小八郎次男,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  瀧小八郎家   戸祭仁太夫

858

山下弥一右衛門

先祖弥一右衛門,寛文3年(1663)五人扶持召しだされのちに百俵五人扶持大番。

その子弥次右衛門,惣領組家督百石のちに二百石物頭となる。

その子勘右衛門。

その子弥一右衛門。

その子新蔵,後用人となる。

その子弥一右衛門,書院番組より側小姓となる。

859

山田三郎次

三郎次・大久保家家来の松田次郎左衛門の弟,初め帯刀様御部屋小姓のちに表側小姓より路次預りとなる。吉兵衛と改める。

860

山田政輔

父玄又,町医師のちに小寄合所にてお目見えとなる。その子政輔,十人扶持小寄合のちに中寄合十五人扶持となる。


※ 養子縁組等先
  
山田玄朔家   山田玄純

861

山田玄朔

玄朔・玄又の甥,町医師小寄合所にてお目見えとなる。

862

山田玄純

玄純・政輔の弟,十人扶持表医師に召しだされる。

863

山田八郎兵衛

八郎兵衛,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  
伊藤猪平太

864

山田秀蔵

元祖十兵衛,水戸より御附,下館において二百石高松御入部三百石馬廻頭となる。

その子十右衛門,小姓頭となる。

その子官兵衛・兄万弥早世,家督二百石側小姓五十俵五人扶持蟄居御免のちに百石門番頭となる。

その子官兵衛,馬廻番組となる。

その子八左衛門,馬廻番組となる。

その子秀蔵・養子中村弥右衛門三男,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  山田新之丞

865

山田新之丞

父尉太夫・山田八左衛門の弟,徒士より惣領組。

その子新之丞,惣領組より十五人扶持中寄合となる。

866

山田文左衛門

本家元祖礒右衛門,水戸より御附,下館において御奉公高松にて百石下さる。

その子,その子弥左衛門・猪熊千倉の弟,家断絶する。

先祖十郎兵衛・礒右衛門の弟,下館において徒士高松御入部百石,

当文左衛門・養子。


※ 養子縁組等先
  
山田丹蔵

867

山田丹蔵

先祖作右衛門・山田十郎兵衛の次男,貞享3年(1686)新組となる。

その子作左衛門,のちに五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子丹蔵・養子多賀儀右衛門次男,惣領組となるも早世し家断絶する。

その子・養子,志摩殿の家士であった。

868

山田孫次郎

先祖権兵衛,酒井家より本寿院様御供にて来る・奥番となる。

その子,その子孫次郎,徒士目附となる。

その子孫次郎,徒士となる。

869

山室太一兵衛

元祖太兵衛,生駒出人,承応3年(1654)召しだされ百俵五人扶持となる。

その子太兵衛,家督百石後二百石大坂留守居。

その子藤右衛門,大坂留守居。

その子太一兵衛,大阪留守居のちに御国勝手使番となる。

その子太一兵衛,書院番組より横目用人となる。


※ 養子縁組等先
  
山室貞左衛門

870

山室貞左衛門

貞左衛門・本家太一兵衛同族,代々船与力,不行跡に付き改易家断絶する。

871

山本角之丞

先祖新兵衛,承応3年(1654)二百俵大番組後三百石。

その子九郎右衛門。

その子九郎衛門,寺社奉行となる。

その子九郎右衛門,書院番組より後,惣領組頭となる。病気に付御役御免,中寄合。

その子角之丞,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  
筧又蔵家   山本新助

872

山本新助

新助・九郎右衛門弟,側小姓に召しだされ七十俵四人扶持。

873

山本熊之助

先祖弥平衛,代官手代。

その子弥平次,また同じ。

その子五郎左衛門,奉行手代より吟味人。

その子三弥,小僧となる。

その子千次郎・養子実弟,熊之助と改める。

874

山本瀬左衛門

先祖兵左衛門,慶安2年(1649)包丁人

その子瀬左衛門,明暦3年(1657)徒士よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

875

山本伝蔵

先祖新蔵,正保5年(1648)二十人扶持中寄合のちに百俵十人扶持,新組頭,次々にお目見え。

その子新蔵,二百石鎗奉行となる。

その子太兵衛,惣領組頭となる。

その子伝蔵,書院番組となる。

876

山本半助

先祖半助・八代四郎太夫(八代姓の記述なし)の次男,寛文6年(1666)召しだされ能役者太鼓打(銀)二十五枚五人扶持。

その子半助,徒士よりのちに道具奉行となる。

その子善五郎,徒士目附。

その子半助・養子,徒士目附となる。




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