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高松藩士由緒録 ≪う・え之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

139

上田百蔵

先祖上田吉右衛門,賄人より蔵奉行。

上田造酒,頬付鉄砲方惣領組となる。

その子喜兵衛・養子関尾甚五の子,徒士となる。

その子百蔵,徒士,後牢人し再び徒士として召される。


※ 養子縁組等先
  吉田理左衛門

140

上野文平

文平,初め大久保家郷小姓後,五十石小寄合

141

上野九右衛門

先祖猪鹿,公子志摩殿家士,元文3年(1738)惣領組に召しだされる。

その子軒蔵,大膳様附七十俵小納戸並。

その子九右衛門・養子,惣領組となる。

142

上原甚五兵衛

先祖甚兵衛,明暦2年(1656)召しだされ百俵大番後二百石大坂留守居となる。

その子甚兵衛,物頭となる。

その子甚兵衛,使番頭となる。

その子甚五兵衛,馬廻番組後使番となる。

143

上原与兵衛

先祖茂兵衛,寛文11年(1671)徒士召しだされのち五十石大番。

その子茂兵衛,大番組後中寄合鎗剣師役。

その子達蔵,大番組後中寄合鎗剣師役となる。

その子与兵衛,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  
上原岡蔵家   上原茂兵衛

144

上原岡蔵

父山蔵・本家達蔵弟,宝暦4年(1754)徒士に召しだされのちに小寄合五十俵四人扶持中寄合となる。

その子岡蔵・養子福家伝三郎次男,惣領組となる。

145

上原茂兵衛

茂兵衛・本家与兵衛弟,惣領組に召しだされる。

146

牛窪松太郎

先祖勘兵衛,寛永14年(1637),英公御付,下館において三百五十石高松御入部五百石となる。

その子勘兵衛,分知四百石大番頭となる。

その子勘兵衛。

その子勘兵衛,大番頭のちに,竹之間詰,年寄となる。

その子半之丞・養子三木武太夫次男,次小姓。兄,牛窪湊,半之丞を殺害におよび湊も自殺,寛政6年(1794)。

その子松太郎・養子実は湊の子,右の大変により家督の内,半知二百石大番組となる。


※ 養子縁組等先
  牛窪曽太夫家   牛窪弾右衛門

※ 組下与力
  石丸如山家   山崎規矩輔

147

牛窪曽太夫

先祖弥五兵衛・本家元祖勘兵衛次男,万治3年(1660)分知百石下さる。

その子弥五兵衛・養子一宮神主田村隼人の子,軍用役のちに使番格となる。隠居五人扶持下さる。

その子曽太夫・養子同姓弾右衛門次男,馬廻番組より膳番奥目付となる。


※ 養子縁組等先
  石丸如山

148

牛窪弾右衛門

先祖弾右衛門・二代目勘兵衛次男,天和2年(1682)英公御伽に出る。元禄2年(1689)召しだされ後七十俵10人扶持大寄合となる。

その子弾右衛門,門番頭となる。

その子弾右衛門,大番組中寄合となる。


※ 養子縁組等先
  牛窪曽太夫

149

内木貫作

父標庵,元文5年(1740)出入扶持くだされ,延享3年(1746)十五人扶持咄之者。

その子貫作,延享4年(1747)徒士よりのちに四十俵四人扶持小納戸となる。

150

内海佐助

佐助,百俵四人扶持五十俵役料書院番与頭となる。

151

内海弥惣右衛門

先祖彦三郎,元禄(1688〜1704)の頃,代官手代のちに郷普請奉行となる。

その子十右衛門,初め利助,郷普請奉行のちに大番組となる。

その子弥惣右衛門,初め大蔵様中小姓のちに御守定府となる。百俵百俵役料徒士頭格となる。


※ 養子縁組等先
  内海仙三郎

152

内海仙三郎

仙三郎・弥惣右衛門の族,大蔵様小納戸,留守居番組並となる。

153

鵜殿長左衛門

元祖九郎兵衛,下館において百五十石高松御入部百五十石横目となる。

その子九郎兵衛。

その子九郎兵衛,寺社奉行馬廻番頭格となる。

その子長左衛門,留守居番頭となる。

その子長左衛門,書院番組より後物頭鎗奉行となる。


※ 養子縁組等先
  
鵜殿平五家   太田新五左衛門
  辻求馬家   横倉与次右衛門

154

鵜殿平五

平五・先の長左衛門弟,惣領組に召しだされのちに小寄合となる。

155

宇野久左衛門

久左衛門,側小姓よりのちに小姓頭三百石となる。

156

羽原波之進

先祖吉左衛門,初め郷手代,延宝5年(1677)勘定仕え後,蔵奉行。

その子吉左衛門,徒士のちに惣領組となる。

その子千太夫,惣領組のちに留守居番組,柔術師役となる。

その子波之進・養子稲沢藤九郎五男,惣領組となる。

157

江川惣左衛門

先祖左門・本家惣左衛門の弟,元禄9年(1696)分知二百石下され先手頭となる。

その子舎人,家督二百石大番組のちに四百石大番頭年寄となる。

その子宗左衛門・嫡孫承祖,家督三百石次小姓のちに用人奉行,百石加増都合四百石年寄となる。


※ 養子縁組等先
  
江川理平太家   久米半左衛門

※ 関係先
  小倉千太家   藤村吉右衛門

158

江川理平太

理平太・舎人の次男,側小姓に召しだされ七十俵四人扶持となる。

159

江崎森助

先祖又八,貞享2年(1685)奉行手代のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子甚平,家督相違無くつぎ,のちに御暇となる。享保17年(1732)二度惣領組に召しだされ,のちに留守居となる。

その子又八・養子後藤又左衛門の次男,徒士よりのちに留守居番組となる。

その子森助・養子谷左馬之助与力喜田徳左衛門四男。

160

榎本五右衛門

父五右衛門,手代よりのちに元締役となる。

その子五右衛門,初め小僧よりのちに吟味人となる。牢人後再び召しだされる。手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。のちに御国勝手大番組となる。

161

榎本百助

元祖太郎左衛門のちに源右衛門,水戸より御附,下館において二百五十石高松御入部三百五十石留守居頭となる。

その子合右衛門,二百五十石寄合番頭となる。

その子庄蔵,寄合番頭となる。

その子太郎左衛門,用人となる。

その子助八,与頭となる。

その子百助・養子玉井丹次の弟,書院番組よりのちに物頭となる。




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