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高松藩士由緒録 ≪と之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

530

東條善左衛門

父孫左衛門,御林賄人,のちに賄頭となる。

その子善左衛門,手代後,百俵四人扶持勘定奉行使番並となる。

531

東條与一郎

元祖六兵衛,下館において勘定仕え高松御入部百石勘定奉行,後二百石用人となる。

その子九左衛門,馬廻与頭となる。

その子九左衛門・養子発知善右衛門覚左衛門か?/の子,徒士頭となる。

その子六兵衛・養子発知四郎兵衛の三男,物頭となる。

その子与一郎,大番組となる。

532

東條与太夫

先祖清伝,万治(1658〜61)年中横目坊主となる。

その子安左衛門,郷手代後,勘定奉行二百俵八人扶持物頭格となる。後五十俵四人扶持留守居,享保15年(1730)没絶す。

父与太夫,安左衛門の娘老女勝井の養子,宝暦5年(1755)惣領組に召しだされる。

その子与太夫,徒士,のちに側小姓大番組となる。

533

遠山喜一郎

戸祭八郎左衛門,与力。

その子喜一郎,徒士となる。

534

遠山平兵衛

遠山佐渡守裔仕麾下先祖平兵衛,万治元年(1658),五十石留守居与力となる。

その子半左衛門,三十俵四人扶持留守居大番組となる。

その子平兵衛・養子多田忠八の弟,大番組となる。

535

戸田十内

元祖次郎兵衛,寛文3年(1663)召しだされ百五十石小納戸のちに五百石年寄となる。

その子十内,五百石書院番頭,御用場見習。

その子十内,家督三百石惣領組頭となる。

その子次郎兵衛,惣領組頭となる。

その子次郎兵衛,四百石年寄となる。

その子十内,側小姓より惣領組頭用人となる。

536

戸田十郎左衛門

元祖戸田十郎左衛門重光(重の字拝領)正保元年(1644)二百五十石書院番組に召しだされ後,三百石加忍二百石奉行,寛文9年(1669)致仕百人扶持大番頭格,龍雲院様附年寄となる。

その子三吉,家督三百石のちに御暇下さる。

その子小左衛門,追って中寄合に召しだされる。

その子十郎左衛門・養子,留守居番組となる。

その子十郎左衛門・養子,惣領組後,与頭となる。

その子十郎左衛門,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  瀧小八郎家   戸田岩八
  戸田丈右衛門家   戸田軍太

537

戸田岩八

先祖彦十郎・本家元祖十郎左衛門次男,寛文4年(1664)召しだされ,後百石数寄奉行となる。

その子彦十郎,大番組。

その子平八,大番組。

その子六郎兵衛,書院番組となる。

その子彦十郎・養子同姓十郎左衛門の次男,書院番組となる。

その子岩八・養子明石忠五郎(明石姓は三軒あるも,該当者の記述はなし明石へ)の次男,大番組となる。

538

戸田丈右衛門

先祖喜惣右衛門・本家元祖十郎左衛門の五男,天和3年(1683)太公番組となる。

父久次郎・喜惣左衛門の妻老女室田・養子郷騎馬喜多久六の弟,宝暦2年(1752)惣領組のちに留守居与頭となる。

その子丈右衛門・養子丹波弾右衛門(丹波姓の記述はなし)の次男,側小姓,のちに大番組となる。

539

戸田軍太

先祖甚五左衛門・本家元祖十郎左衛門の甥,寛文6年(1666)召しだされ後,二百石城附となる。

その子左内,御国勝手となる。

その子亘理・養子,初め竹垣亘理という。惣領組となり家督百石減。

その子甚五右衛門,馬廻番組後,小納戸書物頭となる。

その子軍太夫・養子谷本善助の次男,馬廻番組となる。

540

戸祭清左衛門

元祖五郎左衛門,水戸御家頼,英公に附き下館において百五十石,高松御入部二百五十石後四百石年寄となる。初め名を勘五郎,

その子七郎左衛門,五百石年寄となる。

その子七郎左衛門・養子,家督百石減の四百石大番頭となる。

その子勝五郎,側小姓。

その子三蔵・養子実弟,側小姓のちに小姓頭清左衛門と改める。後,江戸年寄となる。


※ 所属与力
  遠山喜一郎家   戸祭藤左衛門
  戸祭仁太夫

541

戸祭藤左衛門

先祖兵十郎・戸祭五郎左衛門の甥,寛文11年(1671)召しだされ,五十俵五人扶持下さる。

その子,その子藤左衛門,百俵下され,のちに源定様側用人となる。

その子,養子。

542

戸祭仁太夫

先祖又助・同姓五郎左衛門の甥,寛文10年(1670)召しだされ後,百五十石中寄合軍用役となる。

その子仁太夫,五十俵役料物頭となる。

その子仁太夫・養子山下太兵衛の次男,馬廻組後,門番頭となる。

その子門之丞,側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  古市直右衛門

543

富岡二三

元祖与左衛門,万治(1658〜61)の頃,彦坂織部与力となる。

その子与左衛門,与力,元禄元年(1688)表に出て大番組。

その子与左衛門。

その子与左衛門・養子鈴木七平の弟。

その子小五郎・養子大内郡牢人牧野弥与記の弟。

その子与兵衛・養子竹井金左衛門の次男。

その子二三・養子大石弥兵衛の次男,大番組となる。

544

冨田喜右衛門

喜右衛門,五十俵四人扶持大番組。

545

冨永平兵衛

先祖金太夫,下館において二百五十石,高松御入部留守居頭となる。初め金兵衛という。

その子金太夫・養子三木合右衛門の三男,家督百五十石,五十俵役料旗奉行となる。

その子金太夫,門番頭となる。

その子平兵衛・養子同姓甚兵衛の次男,馬廻番組後五十俵役料横目町奉行となる。


※ 養子縁組等先
  関宇左衛門家   冨永直次

546

冨永直次

先祖甚兵衛・同姓金太夫別家,貞享3年(1686)新組に召しだされ十五俵三人扶持頬付方となる。

その子甚兵衛,四十俵四人扶持中寄合,鎗兵法居合師役となる。

その子甚兵衛・養子伊藤権之丞の弟,中寄合となる。

その子甚兵衛・養子三村七郎右衛門の三男,惣領組,後中寄合となる。

その子直次・養子牢人岡村治衛門の子,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  冨永平兵衛

547

友部新八郎

先祖久碩,表坊主より茶道。

その子久助,手代より後百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子新八郎,五十俵番組となる。

548

鳥飼五左衛門

代々,船手加子。

当五左衛門,船手物書より与力となる。

549

鳥塚幸左衛門

先祖治右衛門,延宝元年(1673)本寿院様に御供して来る。奥徒士目附。

その子吉太夫,小僧よりのちに四十俵四人扶持。

その子幸左衛門,徒士より惣領組となる。

550

頓宮千太

父与一左衛門,徒士小頭のちに出奔,のちに御免にて御国に帰る。

その子千太,二人扶持下され徒士となる。




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