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高松藩士由緒録 ≪ち・つ・て之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

508

中條幸馬

元祖茂左衛門,下館において召しだされる。正保4年(1647)銀五十枚七人扶持大番組後,二百俵。

その子伝八,二百五十石奉行となる。

その子伝八。

その子伝八・養子松井次郎左衛門の弟,奉行となる。

その子幸馬・養子松原仁左衛門の次男,側小姓後,横目となる。


※ 養子縁組等先
  新居房之助

509

中條才右衛門

父才右衛門,大膳様御家頼。

その子才右衛門,大膳様附留守居番組後,徒士仰付らる。

510

中條八象

八象,徒士に召しだされその後留守居寄合となる。

511

塚田長太郎

元祖作左衛門,下館において彦坂織部与力,高松御入部表へ召しだされ二百石大番となる。初め新太郎という。

その子治太夫。

その子治太夫,のちに寄合番頭,

その子治太夫,徒士頭。

その子小十郎,書院番組与頭となる。

その子長太郎,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  岡田九郎左衛門

512

築地正庵

先祖正見,長門より来る。外科。

その子文長,宝暦3年(1753)五人扶持くだされる。表医師,後七十俵五人扶持奥医師。

その子正庵・養子築地玄琳子文長甥,十人扶持表医師,奥医師となる。

513

柘植与左衛門

元祖与左衛門,下館において石井仁右衛門与力,高松御入部二百石。

その子与左衛門,横目となる。

その子杢右衛門,分知百石宛兄弟へくだされる。

その子与左衛門,奥目附となる。

その子与左衛門,家督百石馬廻番組となる。ゆえあって半知五十石にして蟄居となる。後御免となり大番組となり寛政12年(1800)8月24日先知五十石御戻くだされ合計百石再び馬廻番組となる。

514

柘植助太夫

先祖与左衛門,下館において百石,石井仁右衛門与力,高松御入部二百石となる。

その子与左衛門,横目となる。

その子安左衛門・養子坂入弥五助(坂入姓の記述なし)次男,家督百石宛分知となる。

その子安左衛門,奥横目となる。

その子助太夫,切支丹奉行となる。

その子助太夫,側小姓,後五十俵役料側用人となる。

515

辻求馬

元祖八郎右衛門,下館において百五十石,高松御入部二百五十石,

その子求馬,三百五十石年寄となる。

その子八郎右衛門,大番頭となる。

その子外記・養子鵜殿九郎兵衛次男,百石加増都合四百五十石年寄となる。

その子求馬,側小性後,馬廻番頭,書院番頭となる。


※ 所属与力
  佐々木喜太郎家   宮武喜右衛門
  矢野伊六

516

辻玄柳

先祖玄柳,享保15年(1730),十人扶持表医師後二百石御匕となる。

その子柳川,百五十石御匕

その子玄柳,二十人扶持奥医師となる。


※ 養子縁組等先
  
石野太郎太夫

518

辻弥五太夫

父弥五太夫,軍記手代より道具奉行。

その子弥太夫。

519

辻弥内

先祖甚八郎,寛文6年(1666)内證手代後,水道奉行となる。

その子弥内,石井杢与力後,徒士より留守居番組となる。

その子弥内・養子川辺(川部)村騎馬笠井(葛西)甚兵衛子,初め徒士後,惣領組七十俵四人扶持小納戸並使番並となる。

517

津嶋昌山

父陽ト,七十俵四人扶持奥医師。

その子昌山,初め十人扶持表医師召しだされ後百五十石御匕格となる。

520

津田松兵衛

元祖恵左衛門,慶安3年(1650)徒士,のちに大納戸奉行となる。

その子治右衛門,惣領組後奥横目となる。

その子治右衛門,また同じ。

その子松兵衛・養子松原仁左衛門弟,家督七十石馬廻番組となる。のちにゆえあって五十俵くだされる。蟄居となる。のちに御免となり大番組追って,武芸鍛練により七十石下され馬廻番組となる。

521

角木茂助

先祖茂助,下館にて徒士。

その子勘助,また同じ。

その子勘右衛門,二十両五人扶持側小姓のちに馬廻番組となる。

その子弥一右衛門,作事奉行より大納戸。

その子。

522

角田伊八郎

元祖弾右衛門・八木弥五右衛門次男,曽祖父角田修理姉大上臈(松光院と号す)弾右衛門養子となる。万治元年(1658)十両五人扶持側小性に召しだされ後,二百俵八人扶持旗奉行となる。

その子平次左衛門,横目となる。勤後永の御暇くだされる。牢人となる。

その子平次左衛門,寛延2年(1749)惣領組に召しだされのちに膳番となる。

その子伊八郎,惣領組後,留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  角田初之丞

523

角田初之丞

先祖主水・本家角田弾右衛門四男,宝永4年(1707)次小性召しだされる。百五十石百俵役料船奉行となる。後永の御暇くだされる。

その子最仲,宝暦3年(1753)惣領組に召しだされる。

その子最仲,惣領組となる。

その子初之丞・養子同性伝八郎次男,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  角田民次

524

角田民次

父三左衛門・角田主水次男,初帯刀様御部屋側小性後,表側小性より二百石側用人となる。

その子民次,書院番組百石受ける。

525

角田清右衛門

元祖清右衛門,明暦元年(1655)小性に召しだされ後三百五十石大小性頭。

その子清右衛門,大番頭となる。

その子半右衛門・養子加治五郎左衛門次男,馬廻番頭となる。

その子三次,小性となる。

その子円次郎・養子青葉伝兵衛次男,書院番組後,清右衛門と改める。側小性となる。


※ 養子縁組等先
  加治五郎左衛門家   久米半左衛門

526

手塚文川

先祖玄太夫,徒士,その子玄智,町医師。

その子文川,薬坊主よりのちに十人扶持奥医師となる。

その子文哉,五人扶持薬坊主となる。

527

寺井兵左衛門

先祖太左衛門,下館において徒士,慶安3年(1650)徒士目附のちに百石中寄合となる。

その子太左衛門,大番組となる。

その子太左衛門,書院番組。

その子兵左衛門,書院番組より奥横目となる。


※ 養子縁組等先
  
佐伯内匠家?

528

寺嶋勘太夫

先祖勘太夫・香川郡大政所寺嶋善左衛門の次男,寛文11年(1671)新組に召しだされのちに大番。

その子勘太夫,中寄合となる。

その子勘太夫,七十俵四人扶持中寄合となる。

その子勘太夫,五十俵四人扶持惣領組となる。

529

寺嶋三郎左衛門

父覚兵衛・香川郡大政所寺嶋覚右衛門の次男,享保8年(1723)徒士よりのちに船作事奉行となる。

その子三郎左衛門,徒士目附郷普請奉行となる。




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