表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ

他へ移る場合は,上のボタンをクリックしてください

高松藩士由緒録 ≪す・せ・そ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

424

末沢茂八郎

父金左衛門,手代より留守居寄合。

その子茂八郎,手代より郷普請奉行,船作事奉行となる。

425

陶山八郎

八郎,主計様附留守居番組並のちに四人扶持,御暇くだされる。

426

菅谷宇太夫

先祖武太夫・実は山内武兵衛山内姓は一軒のみ)の子,元禄11年(1698),右衛門様の御実母(後の宝照院)の養子となる。(宝照院岡見八郎兵衛の女),元禄10年(1697)10月右衛門様小姓に召しだされ(銀)十枚四人扶持のちに庭奉行となる。

その子半左衛門・養子荒川治右衛門の弟,奥目附となる。

その子宇太夫・養子瀬尾久右衛門の三男,惣領組より奥横目のちに五十俵四人扶持となる。

427

杉野与五六

元祖右近右衛門,延宝元年(1673)田税二百石郷大番のちに御蔵米直る。

その子次郎右衛門,鑓奉行。

その子次郎右衛門・養子同姓より来る。旗奉行となる。

その子与五六・養子加藤助太夫(加藤姓は四軒あるも,該当者の記述はなし加藤へ)の弟,馬廻番組よりのちに徒士頭となる。

428

杉原養齋

元祖養甫,天和元年(1681)二百石にて召しだされ,それより代々外科奥医師となる。

429

杉本三左衛門

本家木村治右衛門,正保4年(1647)召しだされ頬付方鉄砲師範のちに百五十石となる。

二代目杢太夫,御暇くだされる。

元祖杉本与一兵衛・治右衛門の弟,貞享3年(1686)十五俵三人扶持新組に召しだされる。

その子与一兵衛,三十俵四人扶持鉄砲師役。

その子三左衛門,三十俵四人扶持鉄砲師役となる。

430

杉山佐太夫

元祖一郎右衛門,延宝5年(1677)百五十石にて召しだされのちに二百石奥様御守となる。

その子,その子佐太夫・養子高畑要人の弟,家督二百石番組のちに三百五十石定府年寄となる。

その子佐太夫,家督二百五十石側小姓のちに留守居番頭。

その子佐太夫書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  川西孫八

431

数越兵助

元祖六郎右衛門,寛文元年(1661)百石,公子頼母様御守役,元禄12年(1699)表へ出る。

その子六郎右衛門,享保2年(1717)七人扶持大番のちに御暇となる。寛保2年(1742)徒士に召されのちに三十俵四人扶持中寄合となる。

その子兵助・養子岡平蔵の次男,初め頼儀公御部屋側小姓のちに七十俵四人扶持小納戸使番格となる。


※ 養子縁組等先
  浅田七右衛門

432

鈴木幾江

父喜八・鈴木喜閑の子欽公御実母の弟,初め惣領組に召しだされのちに百俵四人扶持小姓の上にて御目見え。

その子幾江・養子稲沢藤九郎の四男,初め頼儀公御部屋側小姓のちに小寄合留守居番組となる。

433

鈴木覚之助

元祖善兵衛,下館より御奉公高松御入部,蔵奉行のちに二百石郡奉行となる。

その子宗左衛門,鑓奉行となる。

その子善兵衛,また同じ。

その子勘助,使番となる。

その子覚之助,書院番より横目となる。

434

鈴木亀太

元祖伊兵衛,下館において二百石代官,高松御入部三百石郡奉行となる。

その子久兵衛,物頭となる。

その子伊兵衛,使番となる。

その子織衛,与頭となる。

その子久兵衛・養子国分七左衛門の次男,徒士頭となる。

その子亀太,書院番組となる。尚喜と改める。


※ 養子縁組等先
  駒井文右衛門

435

鈴木小十郎

先祖四郎左衛門,寛文11年(1671)五人扶持金三両小姓,のちに二百石城附となる。

その子,その子小十郎,百石番組となる。

436

鈴木進右衛門

先祖新右衛門,水戸の者のよし,延宝(1673〜81)の頃に召しだされ長屋奉行となる。

その子進右衛門,表坊主となる。

その子進右衛門,小僧より惣領組となる。

437

鈴木助之進

元祖助右衛門,下館において彦坂織部与力百石。

その子助右衛門,また同じ,元禄元年(1688)大番。

その子助右衛門,小納戸。

その子助右衛門,書院番組。

その子七平・養子同姓,徒士勒居(蟄居と同じ),助右衛門の子無きによって本家相続書院番組。

その子助右衛門・養子増田宇左衛門卯左衛門か/の五男,書院番組家督五十石,助之進と改める。


※ 養子縁組等先
  富岡二三

438

鈴木忠左衛門

元祖作兵衛,下館において米十石取,高松御入部代官二百五十石,のちに江戸用人となる。

その子忠左衛門,鎗奉行となる。

その子忠左衛門。

その子作兵衛,与頭となる。

その子忠左衛門・養子永滝助六の三男,物頭となる。

その子忠左衛門・養子高畑要人の次男,馬廻番組与頭となる。

439

鈴木与作郎

父与作郎,惣領組。

その子与作郎・養子,徒士,江戸において出奔家断絶する。

440

瀬尾久右衛門

先祖より代々町与力。


※ 養子縁組等先
  
菅谷宇太夫家   渡部新右衛門

441

瀬尾安左衛門

先祖浅右衛門,宝永2年(1705)代官手代。

その子孫太夫,賄人より百俵四人扶持勘定奉行。

その子安左衛門,五十俵四人扶持大番組より七十俵四人扶持郷普請奉行,百俵四人扶持勘定奉行,寛政12年(1800)8月23日四十俵に改め召し上げ蟄居となる。


※ 養子縁組等先
  
沢村吉之助家   三木岩八

442

瀬川善九郎

父善九郎,金蔵手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子善九郎,七十俵四人扶持大番組となる。

443

関宇左衛門

元祖十兵衛,水戸より御附,下館において二百石。

その子十兵衛,下館御奉公,寛永19年(1642)父死後三百石。

その子十兵衛,家督二百石。

その子十兵衛・養子冨永金太夫の次男,家督百石。

その子小十郎,百石大番となる。

その子宇左衛門・養子吉川柳庵の次男,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  関宇兵衛

444

関宇兵衛

元祖左太夫・元祖十兵衛の次男,正保4年(1647)側小姓のちに百石門番頭。

その子左太夫,切支丹奉行。

その子左太夫,門番頭。

その子清蔵・養子進藤庄右衛門進藤姓は一軒のみ)の次男,馬廻番組。

その子左太夫・養子佐久間熊象の次男,門番頭。

その子宇兵衛,書院番組より奥横目となる。


※ 養子縁組等先
  佐久間藤兵衛

445

関尾七蔵

元祖吉兵衛,元禄5年(1692)新組に召しだされ以後頬付鉄砲方惣領組となる。

その子甚五・父新之丞養子森田藤四郎の弟。

その子七蔵・養子増田宇左衛門卯左衛門か/の次男,惣領組与頭となる。


※ 養子縁組等先
  上田百蔵

446

関吉郎兵衛

先祖嶋之助,慶安元年(1648)百五十俵十人扶持に召しだされ大番。

その子嶋之助,五十俵五人扶持のちに門番頭となる。

その子庄左衛門,(銀)五百目四人扶持惣領組のちに膳番となる。

その子吉郎兵衛,惣領組のちに五十俵四人扶持五十俵役料代官,のちに百俵役料四人扶持郡奉行となる。

447

千宗守

元祖千一翁・宗守は千利休の孫,京都に住居,寛文4年(1664)百俵十人扶持茶道頭格となる。

その子宗祥,三十俵四人扶持。

その子文寂,三十俵五人扶持。

その子真伯,八石三人扶持のちに五十俵四人扶持。代々,また同じ。

448

造田瀬兵衛

瀬兵衛,初め三宅伊織の与力,のちに七人扶持小寄合山鹿流の軍者のゆえを以てのちに十人扶持となる。

449

惣山権蔵

先祖市兵衛,万治2年(1659)召しだされる。後百俵四人扶持物頭格目黒留守居となる。

その子権蔵,百俵四人扶持書院番組となる。

その子権蔵,また同じ。

450

十河権蔵

権蔵,手代より道具奉行格となる。

451

十河与太夫

先祖義左衛門,足軽より御姫様付物書。

その子義左衛門,郡足軽より代官手代。

その子三右衛門,奉行手代より後大納。

その子与太夫,用心手代より後,船作事奉行。

その子与齊,小僧となる。




他へ移る場合は,下のボタンをクリックしてください

表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ