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高松藩士由緒録 ≪し之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

397

椎名村右衛門

父村右衛門,元文元年(1736)惣領組に召しだされ,のちに与頭となる。

その子村右衛門,徒士より惣領組となる。

398

塩田徳右衛門

徳右衛門,徒士より徒士目附となる。

399

塩田文庵

元祖友仙,元禄元年(1688)三十俵四人扶持薬坊主のちに七十俵四人扶持医師となる。

その子俊昌,奥医師となる。

その子文庵,百俵五人扶持御匕のちに百五十石となる。

400

塩谷七兵衛

元祖弥武喜・初め上田七兵衛という。水戸より御附,下館において御奉公,高松御入部二十石五人扶持,馬屋別当のちに百五十石となる。

その子岡右衛門,二百石別当物頭格となる。

その子岡之丞・養子吉田彦兵衛の孫。

その子岡助,家督百石。

その子七兵衛・養子梶市右衛門の次男,馬乗別当,小納戸並となる。

401

七条五郎左衛門

七条林左衛門・福嶋屋吉右衛門の弟,手代より蔵奉行となる。

父金太夫・林左衛門甥福嶋屋吉右衛門の子,享保16年(1731)寄合より用人手代,作事奉行となりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子五郎左衛門,初め帯刀様の御部屋に仕えのちに表側小姓として家督百俵大番組となる。


※ 養子縁組等先
  石川藤蔵家   小早川乙之進

402

篠崎太三郎

先祖九左衛門,下館において徒士,高松御入部徒士目附のちに二十五石元金奉行。

その子弥五右衛門,徒士より道具奉行。

その子弥五右衛門,徒士より船作事奉行のちに留守居番組となる。

その子太三郎・養子大久保一学家頼成松平次兵衛の次男,徒士目附となる。

その子喜太郎,徒士となる。

403

篠原九兵衛

本家篠原太郎左衛門,寛永20年(1643)二百石大番。

その子市左衛門,二百石。

その子市左衛門,のちに改易家絶える。

先祖九太夫・本家太郎左衛門の三男,慶安4年(1651)世子中小姓のちに四十俵五人扶持大番となる。

その子十兵衛,惣領組より奥目附のちに御暇。

その子九兵衛・養子多期義左衛門の兄,初め徒士のちに三十俵四人扶持奥目附となりのちに五十俵四人扶持となる。

404

四宮次郎八

父甚右衛門,手代より道具奉行。

その子次郎八,作事手代となる。

405

柴野弥右衛門

先祖弥五右衛門,初め郷元締手代,寛文9年(1669)奉行手代のちに百五十俵郡奉行となる。十人扶持下され隠居する。

その子伝右衛門,家督相違なく大番組,代官のちに永の御暇となる。

その子弥右衛門,惣領組のちに郷吟味のちに御暇となり,また召しだされ五十俵四人扶持百俵役料代官となる。

その子弥右衛門,留守居寄合より船作事奉行四十俵四人扶持となる。

406

紫野九兵衛

子孫孫之丞。

茂太夫,七両三人扶持留守居番組となる。

407

渋江橘之助

先祖恵左衛門,承応2年(1653)徒士,寛文元年(1661)百石のちに門番頭となる。

その子恵左衛門,大番組となる。

その子恵左衛門,また同じ。

その子八右衛門,また同じ。

その子橘之助,大番組,ゆえあって御暇となる。五人扶持在宅おおせつけられる。

408

嶋甚左衛門

甚左衛門,手代よりのちに蔵奉行並となる。

409

嶋辰樹

先祖六三郎,宝永2年(1705)五十俵四人扶持大番組のちに親量院様御守,百俵四人扶持となる。

その子六三郎。

その子六三郎,側小姓となる。

その子辰樹,書院番組より切支丹奉行となる。


※ 養子縁組等先
  荒木彦七郎家   竹村与右衛門

410

嶋村孫太夫

先祖孫太夫,水戸より御附,下館において百石新番高松御入部二百石書院番組となる。のちに二百五十石城附となる。

その子孫太夫。

その子孫太夫。

その子孫太夫,横目となる。

411

下津半太夫

先祖権右衛門,生駒出人,正保元年(1664)百俵八人扶持にて召しだされ二百五十石与頭となる。

その子権右衛門,寺社奉行となる。

その子権右衛門,家督二百石寺社奉行となる。

その子半太夫,書院番組より横目用人寺社奉行となる。


※ 養子縁組等先
  
下津亀蔵

412

下津亀蔵

先祖助八,本家初代権右衛門の次男,万治2年(1659)惣領組のちに百五十石用人となる。

その子助八,のちに二百石奉行となる。

その子内蔵,側小姓となる。

その子助八,家督二百石側小姓,五十石加増都合二百五十石百俵役料奉行のちに役料召し上げられ大寄合,のちに再奉行百石加増都合三百五十石江戸年寄,のちに寄合番頭,不座。

その子亀蔵,家督二百五十石に減ぜられて書院番組となる。

413

庄浅之進

祖父金左衛門,万治元年(1658)五十石留守居与力,延宝7年(1679)五十俵五人扶持公子玄蕃殿守役。

その子浅右衛門,のちに御暇となる。

その子浅右衛門,元文4年(1739)徒士に召されのちに膳番となる。

その子一太夫,惣領組となる。

その子浅次郎,徒士目附,浅之進と改める。

その子早苗・養子,徒士となる。


※ 養子縁組等先
  田中伝之丞

414

庄野太右衛門

先祖勘助,寛文年中(1661〜73)徒士のちに蔵奉行となる。

その子太右衛門,徒士のちに五十俵四人扶持奥目附となる。

その子太右衛門,惣領組となる。

その子甚四郎,また同じ。

その子太右衛門・養子実弟,惣領組となる。

415

庄野弥之助

元祖四郎兵衛,生駒出人,高松御入部百十石船与力となる。

その子四郎兵衛,船与力となる。

その子四郎兵衛,船与力のちに膳番となる。

その子四郎兵衛,大番組となる。

その子太兵衛,奥横目となる。

その子太兵衛,大番組となる。

その子弥之助・養子同姓五郎左衛門の子,馬廻番組より側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  三枝伝右衛門家   庄野吉兵衛

416

庄野吉兵衛

祖父平蔵・二代目四郎兵衛の次男,元禄16年(1703)徒士に召しだされのちに留守居となる。

その子五郎左衛門,徒士目附御普請奉行となる。吉兵衛と改める。留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  庄野弥之助

417

正田道甫

道甫,五人扶持薬坊主となる。

418

白井内匠

先祖所左衛門,水戸より御附,下館において二百五十石高松御入部三百五十石徒士頭。

その子所左衛門,馬廻頭となる。

その子惣兵衛,書院番頭となる。

その子惣兵衛,書院番頭となる。

その子所左衛門,書院番頭となる。

その子内匠,側小姓より惣領組頭,小姓頭となる。


※ 養子縁組等先
  
稲田十郎左衛門家   白井一甫

419

白井一甫

一甫・所左衛門の弟,百石奥医師に召される。

420

白井四郎助

父忠太夫,奉行預足軽より中間頭となる。

その子四郎助,寺社手代より寺社取次となる。

その子,小僧。

421

進藤鉞之丞

元祖雲平・元祖沼田伊左衛門(沼田家では進藤伊左衛門としている)の四男,万治2年(1659)馬乗五十俵五人扶持別当となる。

その子雲平,二百石別当物頭格となる。

その子雲平,のちに七十俵,蟄居。

その子平太郎・養子笠井喜左衛門の三男,七十俵四人扶持別当となる。

その子鉞之丞,三十俵四人扶持馬乗ゆえあって改易断絶する。


※ 養子縁組等先
  関宇兵衛家?   溝口斧之進

422

新名惣右衛門

惣右衛門,牢人より留守居寄合に召しだされる。


※ 養子縁組等先
  
筧又蔵家?

423

新名覚右衛門

覚右衛門,持高二十石の代々郷大番となる。


※ 養子縁組等先
  
筧又蔵家?



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