表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ

他へ移る場合は,上のボタンをクリックしてください

高松藩士由緒録 ≪さ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

364

雑賀秀右衛門

先祖弥五兵衛・雑賀平左衛門本家の由,寛文元年(1661)五人扶持新組に召しだされ代々鉄砲方。

その子弥五兵衛,惣領組となる。

その子弥五太夫,惣領組不如意に付き出奔,のちに再び召しだされ惣領組となる。

その子秀右衛門,惣領組のちに三十俵四人扶持中寄合となる。

365

雑賀平十郎

先祖覚兵衛,下館より御奉公,正保4年(1647)徒士目附のちに百五十石奥目附となる。

その子,その子平左衛門・養子佐久間九郎兵衛(佐久間姓は三軒あるも,該当者の記述はなし;佐久間へ)の子,命によって初め見習小姓百石,のちに三百石書院番頭となる。

その子平左衛門,旗奉行となる。

その子平十郎,書院番組よりのちに惣領組頭書院番頭となる。

その子鉄蔵,小姓となる。


※ 養子縁組等先
  雑賀秀右衛門家   中村八郎右衛門

366

齋藤伊右衛門

伊右衛門,七十俵四人扶持小寄合のちに百俵勘定奉行となる。

367

齋藤勘兵衛

元祖勘兵衛,慶安元年(1648)百俵五人扶持先手頭に召しだされ根矢天下(弓の名人の意味)翌2年五百石大番頭。

その子勘兵衛,四百石。

その子勘兵衛,三百石小姓頭となる。

その子軍兵衛,二百石留守居番頭となる。

その子勘兵衛,二百石馬廻番組より惣領組頭,寄合番頭,留守居番頭となる。


※ 養子縁組等先
  
川南勘太家   齋藤勘助家   松田合左衛門

368

齋藤勘助

先祖勘右衛門・本家元祖勘兵衛の弟,慶安3年(1650)三百石にて召しだされ書院番組,兄勘兵衛という。射術先手頭となる。

その子勘助,惣領組に召しだされる。

その子勘右衛門・養子。

その子段四郎,惣領組のちに百俵四人扶持奥目附となる。

その子勘助,七十俵四人扶持側小姓となる。

369

齋藤景玄

父玄仲・久保左助の弟,十五人扶持奥医師となる。

その子景玄,三人扶持となる。

370

佐伯内匠

本家佐伯新右衛門,寛文2年(1662)召しだされ百俵十人扶持のちに二百石城附となる。

その子藤左衛門,病死し家断絶する。

先祖八太夫・新右衛門の弟,元禄4年(1691)召しだされ中小姓のちに百石目黒物頭となる。

その子新右衛門・養子寺井某寺井姓は一軒のみ)の子,側用人となる。

その子内匠,側小姓より百五十石百五十俵役料城附となる。

371

佐川武左衛門

武左衛門,初め治三郎という。札会所手代。穆公,鞠を御好きにて,治三郎は鞠に達していたことから友三と改め,茶道をおおせつけられのちに昌悦と改め,また還俗し武左衛門と改める。留守居寄合となる。

372

佐久間藤兵衛

元祖佐久間源太夫,下館において三百五十石高松御入部已後四百五十石留守居番頭となる。

その子弥平左衛門,家断絶する。

その子藤兵衛,延宝3年(1675)召しだされ百五十石。

その子熊象,二百五十石書院番頭となる。

その子熊象・養子同姓佐久間治左衛門の弟,惣領組となる。

その子熊象,書院番組より横目用人奉行となり百石加増定府年寄,のちに御国勝手百石減寄合番頭,のちに留守居番頭となる。

その子要兵衛・養子関左太夫の子,書院番組より使番となる。


※ 養子縁組等先
  佐久間雅右衛門家   関宇兵衛

373

佐久間雅右衛門

先祖清八・本家三代目佐久間藤兵衛の弟,元禄元年(1688)新組に召しだされ代々鉄砲方となる。

その子治左衛門・惣領組与頭並。

その子甚十郎,惣領組。

その子雅右衛門・養子山地弥五太夫(山地姓は四軒あるも,該当者の記述はなし山地へ)の三男,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  佐久間藤兵衛

374

佐久間八郎

先祖次郎太夫,初め喜田次郎太夫という。のちに佐久間と改める。享保16年(1731)百五十石大番組に召しだされる。

その子次郎太夫,番組。

その子八郎,側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  
浅見五郎兵衛家   小倉弾右衛門

375

佐々木喜太郎

父又八,辻外記の与力,のちに牢人。

その子喜太郎,徒士より惣領組となる。

376

佐々木千賀

父庄八,手代より蔵奉行,病気に付き留守居寄合となる。

その子千賀,頼儀公御側小僧よりのちに茶道小頭となる。

377

佐々木忠太夫

忠太夫,惣領組与頭となる。

378

佐々木度一

元祖百助,寛文12年(1672)五人扶持次小姓のちに百俵十人扶持。

その子牧太,七十俵五人扶持大番組代々祐筆となる。

その子鎌蔵,惣領組。

その子度一,祐筆となる。

379

佐立和次郎

和次郎,手代より作事奉行となる。

380

佐藤金悦

先祖宗立・佐藤与一郎(該当者の記述なし)同家,宝永4年(1707)小僧よりのちに茶道小頭となる。

その子金悦。

381

佐藤三八

父太助,徒士に召しだされる。

その子三八・養子三枝伝右衛門の弟,徒士となる。

382

佐野喜内

先祖理右衛門・小倉勘右衛門同姓,万治元年(1658)に召しだされ小姓となる。

その子理右衛門・真鏡院様の弟,これにより懐公の御代二百石下され,寄合番頭のちに留守居頭となる。

その子理右衛門・嫡孫承祖,家督用人となる。

その子喜内,書院番組より横目となる。

383

佐野金左衛門

元祖勘助,万治2年(1659)用人手代後百石代官。

その子勘助,奥横目となるも自殺する。

その子清八,徒士のちに四人扶持八両祐筆となる。

その子金左衛門,また同じ。

384

佐野次左衛門

先祖佐野六郎右衛門。

その子庄次,徒士目附。

その子次左衛門・養子鴨部村牢人大河原権六の弟,徒士小頭のちに鉄砲方鎗領組となる。

385

佐野忠三郎

本家佐野内膳,水戸より御附,寛永19年(1642)四百石鎗奉行となる。

四代目佐野段七・養子岡見平七の弟,ゆえあって御役知行さしあげ家断絶。

佐野善九郎・内膳の孫,分知百石下さる。

その子衛士,後二百石御姫様御守,寄合番頭格となる。

その子衛士,家督二百石徒士頭となる。

その子忠三郎・養子後藤孫兵衛の弟,書院番組より横目となる。


※ 所属与力
  稲毛松之丞家?

386

三枝宗四郎

先祖平太夫,正保元年(1644)召しだされ三百石書院番組のちに先手頭となる。

その子平太夫。

その子平太左衛門,家督二百石,弟義右衛門へ分知百石下され旗奉行となる。

その子平太左衛門,旗奉行となる。

その子平太夫,持筒頭となる。

その子宗四郎,大番組より使番物頭となる。


※ 養子縁組等先
  三枝伝右衛門家   竹内杢之助

387

三枝伝右衛門

先祖義右衛門,本家二代目三枝平太夫次男。

元禄16年(1703)分知百石馬廻番組となる。

その子伝右衛門・養子庄野四郎兵衛の次男家督百石馬廻のちに五十石召し上げられ五十石大番組となる。

その子伝右衛門,家督五十石大番組。のちに五十石加増都合百石と成る。膳番後,ゆえあって寛政10年(1798)永の御暇となりのちに四人扶持下さる。


※ 養子縁組等先
  佐藤三八

388

鷺谷吉右衛門

元祖松田七郎兵衛,肥田和泉与力。

その子鷺谷藤兵衛・養子実弟,留守居与頭百石。

その子九助,徒士より鉄砲方新組となる。

その子勘蔵,新組後享保11年(1726)御世帯物入に付き銀三十枚下され御暇となる。

その子小左衛門,明和元年(1764)徒士に召しだされのちに鉄砲奉行となる。

その子吉右衛門,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  綾田弥一郎家   荒川覚太夫

389

桜井八十郎

元祖権右衛門,下館において百石,高松御入部二百石書院番組与頭となる。

その子与一左衛門・養子,家督百石大番組のちに留守居与頭となる。

その子作十郎・書院番組となる。庄兵衛と改める。また八十郎と改める。


※ 養子縁組等先
  
桜井庄次郎家   吉田伝左衛門

390

桜井庄次郎

庄次郎・本家与一左衛門の家弟,徒士に召しだされる。

その子房五郎,徒士となる。

391

笹嶋喜右衛門

先祖,下館において包丁人。

父喜右衛門,留守居寄合剣術師役となる。

その子喜右衛門,徒士より留守居寄合となる。


※ 所属与力
  
真鍋熊之助家   宮治津之助

392

笹山春(寿)沢

高祖父寿閑,延宝元年(1673)召しだされ百五十石外科。

その子寿琢,五十俵五人扶持奥医師となり以後代々また同じ。


※ 養子縁組等先
  
菊地仲甫

393

里見助十郎

父再記,薬坊主。

その子助十郎,小僧より徒士,徒士目附となる。

394

沢井百助

父友八,手代より蔵奉行,のちに代官となる。

その子百助・養子稲毛十兵衛の三男,留守居寄合の後,離縁して御暇となる。

395

沢村吉之助

父宗兵衛・瀬尾孫太夫の三男,儒者二十人扶持中寄合。

その子吉之助,三人扶持下さる。

396

沢村弥六

弥六,先祖より代々伯楽,江戸にて出奔し家断絶する。




他へ移る場合は,下のボタンをクリックしてください

表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ