表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ

他へ移る場合は,上のボタンをクリックしてください

高松藩士由緒録 ≪お之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

162

尾池彦太夫

先祖彦太夫,馬乗。

その子内蔵之助,徒士となる。

その子辰蔵・養子和田甚兵衛(和田姓は三軒あるも,該当者の記述はなし;和田へ)の子,徒士となる。

その子彦太夫・養子久米六郎左衛門与力香川平五郎の子,徒士目附となる。

163

大石角右衛門

角右衛門,惣領組

164

大石平内

元祖弥兵衛・大石内蔵助良雄同族,承応2年(1653)召しだされ三百石,のちに槍奉行となる。

その子弥兵衛。

その子弥兵衛・養子岡田藤左衛門次男,徒士頭となる。

その子平内,書院番組与頭となる。


※ 養子縁組等先
  大河原伊三太家   富岡二三

165

大石力之進

先祖又兵衛・本家小山道庵(小山姓の記述なし)次男,慶安元年(1648)召しだされ五十俵五人扶持数寄奉行となる

その子善左衛門大番組。

その子善左衛門・養子赤木武兵衛弟,のちに庭奉行となる。

その子佐之八,大番組

その子力之進,三十俵五人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  赤木左内

166

大内六左衛門

父六左衛門,徒目付

その子六左衛門,徒士江府において出奔し家絶える。


※ 養子縁組等先
  
藤村吉右衛門家?

167

大河原伊三太

先祖藤兵衛,延宝元年(1673)徒士のちに百俵四人扶持親量院様付。

その子藤兵衛,家督百俵後,百五十俵横目となる。

その子助四郎,百俵大番組

その子助四郎,大番組の節,江戸に御使いおおせつけられ留守居番組となり,のちに大番組となる。

その子伊三太・養子大石平内の末弟,大番組となる。

168

大河原平助

先祖丹次,元禄11年(1698)召しだされ後二百石で側用達となる。

その子丹次,家督百五十石,後寄合番頭となる。五十石加増都合二百石となる。

その子権十郎,馬廻番組となる。

その子彦惣・養子実弟,大番組となるも怪我により病死する。

その子平助・養子渡部太右衛門(渡部姓は十軒あるも,該当者の記述はなし渡部へ)子,家督百石大番組となる。後権十郎と改める。

169

大久保藤右衛門

元祖藤右衛門忠邦・大久保清右衛門兄,寛永19年(1642)二百石下される。

その子主馬之助,三百五十石大番頭となる。

その子主馬,二百五十石,弟長左衛門へ分知百石下される。

その子主馬のち藤右衛門,門番頭となる。

その子六次郎,家督以後病気に付き隠居する。

その子藤右衛門・養子実弟,書院番組より使番となる。


※ 養子縁組等先
  大久保金左衛門家   大久保八六
  奥村弥平太家   成田加之母

170

大久保長左衛門

先祖長左衛門,主馬の次男,貞享2年(1685)分知百石門番頭となる。

その子弥太録,大番組。

その子新五兵衛,奥目付となる。

その子長左衛門・養子雨宮半右衛門の三男,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  伊藤文之進家   大久保藤右衛門家 
  高畑権兵衛

171

大久保黄之助

先祖大久保清右衛門,水戸様より御附,下館において二百石,高松御入部二百五十石,曾孫次郎左衛門の代に至り永の御暇下され,断絶す。

主計公忠・清右衛門の次男,下館において金十両下され小姓となる。高松御入部己後御取立三千石大老となる。初め一学という。

その子主計公卓,若死にし子無く,弟飛騨を別に召しだされ,五百石下され年寄となる。元禄10年(1697)兄公卓の家督を父公忠へ御戻し下されるも,固持して請けず。ここにおいて次男飛騨へ三千石下され,大老となる。

その子公敦,同家を継ぐ。

その子新蔵,幼少にて死し,血脈絶える。


※ 養子縁組等先
  
大久保藤右衛門

※ 家臣等
  伊奈九十九家   伊奈九郎次家   菴原民輔
  上野文平家   大西澤右衛門家   片山権内
  古市七九郎家   米谷嘉左衛門
  松田荻右衛門家   森千代次

※ 所属与力等
  熊谷慶弥家   児玉玄蔵家   中村嘉膳
  福家四郎右衛門家   松浦又右衛門
  村垣岩之進

※ 関係先
  篠原九兵衛家   山田三郎次

172

大久保喜次郎

元祖大久保久左衛門,大久保相模守忠隣の三男八郎右衛門の子,下館において百五十石,高松御入部二百五十石使番先手頭となる。後明暦元年(1655)御暇くだされる。。

その子七郎左衛門,明暦3年(1657)召しだされ百俵大番組,後二百石となるも不行跡に付き永の御暇となる。

その子久左衛門,貞享4年(1687)召しだされ五十俵四人扶持大番組となる。

その子喜平次・養子戸田喜太夫(戸田姓は五軒あるも,該当者の記述はなし戸田へ)実方の弟なり。家督五十俵四人扶持大番組後,百俵四人扶持側小姓となる。

その子喜次郎,大番組となる。甚助と改める。

173

大久保金左衛門

先祖金左衛門・大久保藤右衛門忠邦の外孫,忠邦養子となる。実は奥田何某の子。承応3年(1654)召しだされ後,三百五十石書院番頭となる。

その子半右衛門・養子実弟,百俵五人扶持を下さる。

その子金左衛門,五十俵五人扶持下さる。側小姓後,門番頭となる。

その子廣次・養子久米六郎左衛門与力香川平助の子,大番組となる。

その子金左衛門・養子戸田喜太夫(戸田姓は五軒あるも,該当者の記述はなし戸田へ)の次男,大番組のちに奥横目となる。

174

大久保八六

先祖助太夫,藤右衛門忠邦の三男,正保元年(1644)召しだされ後,三百石書院番頭となる。

その子助太夫,書院番頭となる。

その子要人,書院番頭となる。

その子八六・養子駒井文左衛門文右衛門か?/の次男,次小姓,後奉行用達馬廻頭となる。のちにゆえあって閉門となる。追って御免となり大寄合再び奉行となる。

175

大嶋弥兵衛

父弥兵衛,徒士。

その子忠太夫,小僧より徒士のちに弥兵衛と改める。徒士目附となる。

176

大須加久米之助

先祖郷右衛門重信,威公より御附五百石城代,寛永19年(1642)千石年寄となる。初め久兵衛という。

二代目小兵衛,分知して七百石となり年寄となる。

三代目小兵衛,家督三百石となり大番頭となる。

四代目小兵衛,書院番頭,明和4年(1767)8月21日御暇となり在宅。

その子久兵衛,香西浦に住む。召しだされ十人扶持惣領組並銀五百目四人扶持惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  大須加郷右衛門家   大須加左五郎
  玉井丹次

※ 所属与力
  太田澤太

177

大須加郷右衛門

先祖庄之助・本家二代目久兵衛の次男,延宝8年(1680)分知して三百石下さる。

その子貞右衛門,船奉行となる。

その子最仲,使番となる。

その子郷右衛門・養子同姓小兵衛の三男,小姓頭となる。

その子郷左衛門,側小姓となりのちに用人馬廻番頭,大番頭となる。


※ 養子縁組等先
  永瀧助六

178

大須加左五郎

先祖小左衛門・大須加久兵衛の弟,寛永19年(1642)二百石下され大番組となる。

その子忠左衛門,寄合番頭となる。

その子,また同じ。

その子左内,馬廻番組となる。

その子左内・養子永滝助六の三男,物頭となる。

その子左五郎は嫡孫・父茂吉は吉川六左衛門の四男部屋住みにて死す。よって左五郎承祖,書院番組与頭となる。

179

大高儀太夫

父儀太夫,享保19年(1734)源懐公様御部屋より御供,表に召しだされ後,二百石側用達となる。御取立後,寄合番頭となる。

その子義太夫,側小姓のちに旗奉行となる

180

大高治左衛門

治左衛門,享保21年(1736)御姫様附奥番より大納戸となる。

181

大塚又四郎

父又四郎,享保20年(1735)郷会所見習よりのちに賄人作事奉行となる。

その子又四郎,金蔵手代賄頭となる。

182

大塚弥門

先祖弥右衛門,寛文元年(1661)新組代々頬付方。

その子弥右衛門,惣領組初め彦三郎という。

その子藤十郎,牢人。

その子弥太夫,惣領組。

その子弥門,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  
中山槌之助

183

大西澤右衛門

澤右衛門,代々大久保家家頼,のちに主計様附留守居番組並,後七十俵,後百俵,彦次郎殿守役となる。

184

大西南甫

南甫,十五人扶持奥医師。

185

大橋幸伯

高伯,十五人扶持奥医師。

その子高静,五人扶持表医師となる。

186

大森半蔵

元祖八左衛門忠政,水戸より御附,下館において五百石,高松御入部千石,慶安4年(1651)千二百石となる。

その子式部,家督九百石,弟の勘解由三百石となる。その子,幼死断絶。

その家督勘解由嫡子,三百石下され相続す。

その子与惣,百石加増都合四百石年寄となる。

その子織部,幼死

その子勝次郎・養子同姓伴左衛門の次男,家督三百石側小姓また幼死。

その子鐘三郎のちに織部・養子実弟伴左衛門の三男,家督三百石側小姓後,中寄合不行跡に付き兄菊蔵方へさし戻し,家督弟・熊五郎後の半蔵へ二百石下され書院番組のちに側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  大森菊蔵

※ 所属与力
  近藤喜三郎

187

大森菊蔵

先祖勘解由・八左衛門忠政次男,慶安元年(1648)召しだされ後,寛文7年(1667)分知三百石下さる。

その子八左衛門,五百五十石年寄となる。

その子伴左衛門はじめ主税,書院番頭の二百五十石召し上げられ三百石となり大寄合のちに馬廻頭となる。

その子菊蔵,次小姓,徒士頭,惣領組頭となる。勘解由と改める。


※ 養子縁組等先
  大森半蔵

188

大藪喜三郎

先祖次郎右衛門,元禄16年(1703)風呂屋頭,後留守居寄合となる。

その子了順,享保9年(1724)に奥小僧よりのちに茶道頭になる。

その子幸右衛門,徒士

その子喜三郎,徒士目附となる。

189

太田三吾

元祖弥右衛門,下館において仕え,高松御入部百五十石代官となる。

その子弥右衛門,物頭となり五十俵役料下さる。

その子弥右衛門・養子高嶋甚左衛門弟,物頭となる。五十俵役料下さる。

その子伝左衛門,馬廻番組となる。

その子三吾,馬廻番組与頭使番格五十俵役料下さる。


※ 養子縁組等先
  岡田十太夫

190

太田作左衛門

先祖代官手代。

その子作左衛門,金蔵手代よりのちに元締役となる。

その子平左衛門,蔵手代のちに出奔し家絶える。


※ 養子縁組等先
  
太田庄左衛門

191

太田庄左衛門

庄左衛門・作左衛門の甥,幸左衛門の子,初め道具蔵手代より吟味人,五十俵四人扶持元締役並,七十俵四人扶持となる。

192

太田澤太

先祖理太夫,英公の御代奉公人。

その子九右衛門,船手船頭。

その子貞六,船手物書のちに大須賀小兵衛与力となる。

その子圓右衛門,徒士のちに惣領組となる。

その子丈助,徒士となる。

その子澤太,徒士となる。


※ 養子縁組等先
  山縣銀右衛門

193

太田新五左衛門

元祖新五左衛門,水戸より御附,下館において四百石,高松御入部使番となる。

その子弥一右衛門,分知三百石となる。

その子伊左衛門,家督二百石奉行となる。

その子新五左衛門・養子鵜殿九郎兵衛三男,寺社奉行となる。

その子新五左衛門,側小性用人ゆえあって後中年寄となる。

194

太田専右衛門

専右衛門,徒士小頭,後留守居寄合となる。

195

岡晋之助

先祖岡平蔵,儒者。

その子新蔵。

その子晋之助・養子牟礼村百姓小八郎の子,三人扶持となる。


※ 養子縁組等先
  
岡愛八家   数越兵助

196

岡愛八

愛八・岡平蔵次男,初め帯刀様御部屋に勤めのちに表に召しだされ,側小姓大番組,のちに十五人扶持中寄合となる。

197

岡沢右衛門

先祖古齋,慶安元年(1648)茶道のちに百俵五人扶持茶道頭となる。

その子沢右衛門・養子川村瀬左衛門伝左衛門か/の子,百五十石御林御姫様御守。

その子沢右衛門,愛姫様附京都へ行きその後江戸定府に百石物頭格となる。


※ 養子縁組等先
  小倉弾右衛門家?   竹内佐太郎家?

198

岡井郡太夫

元祖郡太夫,元禄15年(1702)三百石にて召しだされる。儒役。

代々また同じ。

当郡太夫,物頭格のちに寄合番頭となる。

199

岡内加右衛門

加右衛門,元千疋村百姓,京都において千射を行い五人扶持下さる。ゆえあって帯刀御取上げられる。のちに御免となり再び五人扶持下され留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  
中津川勘蔵

200

岡坂又四郎

又四郎,初め陶村大政所後,留守居寄合。


※ 養子縁組等先
  
竹内佐太郎家?

201

岡嶋左仲

先祖弥兵衛,元禄元年(1688)七石二人扶持賄人,のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子左仲,二百石百俵役料奉行となる。水戸御次男飛騨守様御実母シンシャク院弟,よって御取立てになる。

その子左仲・養子渡部外記右記か?/の弟,城附となる。

その子左仲,惣領組頭二百五十石五十俵役料下さる。


※ 養子縁組等先
  入谷要人

202

岡田覚右衛門

覚右衛門,初め西村三次郎という。後岡田と改める。手代より寺社取次となり,のちに徒士となるも子無く家絶える。

203

岡田九郎左衛門

元祖弥五右衛門,寛永20年(1643)中小姓に召しだされ後百石,松千代様守役となる

その子,その子,その子九郎左衛門・養子塚田治太夫次男,家督五十石惣領組,のちに御姫様御守役,徳大寺御供のとき百五十石役料五十俵下され,のちに御国勝手中寄合後,大番組となる。

その子九郎左衛門・養子荻庄左衛門次男,家督百石膳番,後数寄奉行となる。

その子佐盛,馬廻番組となる。

204

岡田十太夫

先祖藤左衛門,水戸において肥田和泉守与力,高松御入部表に召しだされ二百石後,二百五十石城附となる。初め,十太夫という。

その子藤左衛門,旗奉行となる。

その子藤左衛門・養子太田伝左衛門弟,家督二百石徒士頭となる。

その子十太夫・嫡孫承祖,大番組よりのちに横目船奉行,後五十俵役料下さる。


※ 養子縁組等先
  大石平内

205

岡部浅五郎

本家先祖理兵衛,水戸下館以来包丁人,曾孫助蔵自殺家絶える。

祖父庄太夫,延宝8年(1680)包丁人後,留守居となる。

その子浅之助,包丁人後,賄人頭となる。

その子浅五郎,包丁人のちに留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  
岸七兵衛家?

206

岡見氏三郎

先祖八郎兵衛,下館において百石高松御入部二百石,初め伝兵衛という。

その子平七,旗奉行となる。隠居号平休という。

その子孫太夫,横目用人五十石加増都合二百五十石奉行となる。

その子氏三郎・養子中川喜内中川姓は一軒のみ)の三男,書院番組より使番となる。


※ 養子縁組等先
  佐野忠三郎

※ 関係先
  菅谷宇太夫

207

岡見六三郎

父,徒士目附

その子茂八郎,徒士より徒士目附留守居寄合となる。

その子六三郎・養子,徒士となる。


※ 養子縁組等先
  
多賀義右衛門

208

岡本覚之進

(定京)

元祖庄右衛門,嵯峨より御奉公し下館御拝領以後三人扶持下され嵯峨に住居。

代々嵯峨御屋敷守,五十俵下さる。

父庄右衛門,御役料五十俵下され京都留守居役となる。

その子丹宮,百俵十人扶持京都留守居。

その子軽三郎,養子。

209

緒方物集馬

元祖伝兵衛,寛永16年(1639)水戸より御附下館において二百石町奉行,高松御入部四百石奉行となる。

その子伊左衛門,三百石馬廻頭となる。

その子伝兵衛・養子渡部右記の弟,ゆえあって三十俵四人扶持惣領組,後二百石百俵役料奉行となる。

その子多門,奉行となる。

その子物集馬・養子八木小文太八木姓は一軒のみ)の次男,側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  青葉伝兵衛家

210

小笠原三助

先祖三助,寛永19年(1642)召しだされ二百石,後三百石鎗奉行となる。初め七之助という。

その子三助。

その子数馬,幼年ゆえ二人扶持下され後,二百五十石となる。

その子三助,側小姓後用人奉行四百五十石年寄,初め数馬,のちに竹の間詰となる。


※ 所属与力
  
林勘平家   堀田左内

211

小笠原惣太夫

先祖推庵,慶安3年(1650)二十俵五人扶持医師のちに百俵下さる。

その子宗太夫・養子赤井十郎左衛門の次男,辻番頭となる。

その子惣太夫,百俵使番となる。

212

小勝十郎左衛門

父十郎左衛門,宝永2年(1702)中間頭。

その子十郎左衛門,享保15年(1730)奉行所寄合より同茶道具奉行(カ)となる。

213

小神野五郎右衛門

元祖与兵衛,下館において彦坂織部与力,高松御入部二百石用人,後二百五十石郡奉行のち改易となる。初め与五兵衛,また与五郎という。

その子久兵衛,寛文2年(1662)惣領組となる。

その子小平太・養子永滝助六弟,徒士のちに留守居となる。

その子宗蔵・養子木村某(木村姓は三軒ある木村へ)の子,惣領組頬付方となる。

その子五郎右衛門・養子古川市太夫三男,惣領組となる。

214

小倉義平

元祖勘右衛門,嵯峨より召かかえ下館以来御奉公,高松御入部百五十石,門番頭となる。

代々組頭,使番,物頭など勤める。初めの名を勘六という。

当勘右衛門,書院番組より五十俵役料横目物頭,徒士頭,用人奉行五十俵御加恵となる。

その子義平(立)・養子朝比奈六郎次男,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  小倉千太家   佐野喜内

215

小倉千太

先祖義兵衛,本家二代目勘右衛門次男,貞享3年(1686)新組に召しだされ代々鉄砲方となる。

その子義兵衛,徒士より惣領組鉄砲奉行。

その子千太・養子江川舎人与力渡辺甚兵衛の子惣領組より鉄砲奉行となり,後三十俵四人扶持後,十五俵四人扶持小寄合となる。

216

小倉弾右衛門

先祖弾右衛門,水戸において肥田和泉守与力,寛永19年(1642)高松表に召しだされ二百石,初めの名は源右衛門という。

その子弾右衛門。

その子久蔵,旗奉行となる。

その子庄兵衛・養子岡沢七右衛門岡沢右衛門か?/の次男,旗奉行となる。

その子五兵衛・養子佐久間次郎太夫の次男,馬廻番組となる。

その子弾右衛門・養子松原養甫(松原姓は五軒あるも,該当者の記述はなし松原へ)の三男,馬廻組横目となる。

217

小河又右衛門

先祖又右衛門,生駒出人,慶安3年(1650)召しだされ後三百石先手頭となる。

その子典膳,四百石年寄となる。

その子又右衛門・養子典膳の甥。

その子平兵衛,留守居頭となる。

その子又右衛門,大番組,側小姓,惣領組,小姓頭,馬廻番頭となる。

218

小沢幾右衛門

父左兵衛,元禄2年(1689)鳥篭預のちに中間頭。

その子幾右衛門,享保15年(1730)奥坊主。

219

小田好兵衛

先祖弥右衛門,徒士目附。

その子弥右衛門,徒士。

その子好兵衛・養子光宗伝内弟,徒士となる。国七と改める。

220

小田文五郎

文五郎,手代より道具奉行。

221

小野五一右衛門

元祖五一右衛門,初め肥田和泉守与力。

その子五一右衛門。

その子五一右衛門,五十石下され鉄砲奉行となる。享保4年(1719)子八十八不行跡につき御役知行召しあげられる。同7年,召しだされ金五両五人扶持となる。

その子休伯,後五一左衛門町医師牢人して終る。

その子五一右衛門,徒士として召しだされ,のちに徒士目附小寄合鉄砲師役となる。

222

小野周蔵

先祖三郎兵衛,寛文2年(1662),銀五百目四人扶持惣領組となる。

その子初め左門,惣領組,後改易,免ぜられて後,牢人として終る。

その子周蔵,徒士に召しだされ後,惣領組,鉄砲師役となる。


※ 養子縁組等先
  
野村辰蔵

223

小夫五郎四郎

元祖理右衛門,威公より御附,下館において二百石,高松御入部三百石となる。

その子五郎四郎。

その子官兵衛,家督二百石。

その子茂作,百石加増都合三百石馬廻番頭となる。

その子五郎四郎,留守居番頭となる。

その子五郎四郎,留守居番頭となる。


※ 養子縁組等先
  小夫庄七家   小夫隼太

224

小夫庄七

先祖茂作・嫡家茂作の次男,享保元年(1716)門三郎様側小姓として召され,銀二十枚四人扶持,後表側小姓百俵四人扶持,百俵役料側用人寄合番頭,寺社奉行となる。名を仲と改める。

その子左九郎・養子渡部右記の次男,家督百俵四人扶持門番頭となる。

その子仲蔵,百俵四人扶持留守居番組後,五十俵召しだし蟄居させらる。後御免となり,留守居番組となる。

その子廣松,七人扶持留守居番組並となる。庄七と改める。後十人扶持留守居番組となる。

225

小夫隼太

先祖十郎兵衛・理右衛門次男,承応2年(1653)召しだされ二百石。

その子十郎兵衛・養子。

その子平内。

その子兵庫・養子実弟,大番組後,側小姓四百五十石年寄となる。

その子隼人,小姓頭となる。

その子隼人,書院番頭となる。


※ 所属与力
  久保庄助

226

興津勘左衛門

元祖所左衛門,水戸より御附,下館において七百石城代となるも病死する。

その子久太夫,下館において二百石,高松御入部三百石となる。

その子荒之助,家督百石後,百五十石側小姓となる。

その子勘左衛門,書院番組となる。

その子新作,側小姓のちに書院番組となる。

その子勘左衛門,五十俵役料書院番組与頭となる。再び帰番,五十俵役料与頭となる。

227

荻又十郎

先祖七郎兵衛,水戸様より下館において百五十石,高松御入部二百五十石下さる。初め又十郎という。

その子七郎兵衛,百五十石。

その子七郎兵衛・養子中村三左衛門次男,百石,のちに出奔。

その子庄左衛門,花徳院様付き側小姓に召しだされ,のちに百俵四人扶持門番頭となる。

その子又十郎,馬廻番組のちに百俵役料物頭格,主計様付き御守役。


※ 養子縁組等先
  岡田九郎左衛門

228

奥村忠一郎

与一郎,留守居寄合に召しださる。

その子忠一郎・養子,召しだされる。

229

奥村弥平太

元祖市兵衛,生駒出人,慶安4年(1651)中小姓のちに百石大番となる。

その子半左衛門・養子大久保藤右衛門次男,後二百五十石小姓頭馬廻頭となる。

その子半左衛門,惣領組頭となる。

その子弥平太,横目となる。

その子弥平太・養子羽床村牢人同姓奥村惣兵衛子,家督二百石書院番組後徒士頭となる。

230

奥山彦蔵

先祖碧庵,慶安3年(1650)召しだされ金十五両医師後,三百石御匙,初め三雪という。

その子市郎右衛門,家督二百石となる。

その子彦兵衛,物頭となる。

その子新左衛門,徒士頭となる。

その子彦蔵,物頭となる。


※ 養子縁組等先
  
高嶋甚左衛門家   西岡十右衛門

231

落合嘉兵衛

加兵衛,徒士。




他へ移る場合は,下のボタンをクリックしてください

表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ