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高松藩士由緒録 ≪に・ぬ・ね・の之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

597

新居房之助

本家中條弥左衛門茂左衛門か/,寛文(1661〜73)年中召しだされ新組となる。

その子平八,延宝2年(1674)山小姓,元禄11年(1698)徒士後,百俵四人扶持御姫様附となる。

その子平八,奥横目となる。

その子加藤右衛門・養子渡辺加兵衛(渡辺姓の記述はなく渡部姓は十軒あるも,該当者の記述はなし渡部へ)の弟,七十俵四人扶持番組,後,志摩様御守役,阿州御供する。

その子平八・養子伊藤孫惣の次男,七十俵四人扶持大番組となる。

その子平八・養子栗田三之助の弟,五十俵四人扶持大番組となる。

その子房之助・養子守屋善兵衛の次男.五十俵四人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  勝橋平吉家   栗田清輔

598

西尾岩五郎

先祖十内。

その子十内,徒士となる。

その子岩五郎・養子西本善蔵(西本姓の記述なし)弟,徒士,不行跡につき御暇となる。

599

西岡十右衛門

本家西岡徳右衛門・母は,英公保女にて嵯峨下館にて御奉公,寛永19年(1642)母と共に御国へ来る。正保4年(1647)召しだされて百五十石,曾孫徳寿郎の代にいたり荒川治左衛門を討ち果たし家断絶する。

先祖十右衛門,徳右衛門の次男,天和3年(1683)徒士のちに五人扶持七十俵となる。

その子左兵衛,惣領組のちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子十右衛門・養子奥山彦兵衛の三男,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  西岡彦四郎

600

西岡彦四郎

彦四郎・徳寿郎の妻老女・養子黒田権右衛門の三男,徒士後惣領組となる。

601

西岡甚内

甚内,大工頭,

602

西尾登

本名宮川命により西尾と改める。

元祖権太夫,寛永15年(1638)英公に附き下館において三百五十石,高松御入部四百五十石のちに百石減ず,幼名妥女。

その子縫殿・養子間嶋六郎太次男,年寄百石加増,四百五十石となる。

その子登,定府年寄百五十石加増,都合六百石お国年寄となる。

その子八十吉,側小姓となる。


※ 所属与力
  村瀬学而

603

西川貞七

貞七,徒士より小頭,

604

西川澄七

元祖太右衛門,万治元年(1658)町与力。

その子藤左衛門,のちに百石与力,延宝2年(1674)作事奉行のちに勘定奉行物頭並みとなる。

その子与五左衛門,和泉より来る。

その子藤左衛門,膳番小納戸となる。

その子伊兵衛・養子原田村牢人矢田道樹の子,奥目附となる。

その子澄七,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  
松本小兵衛

605

西村平八

惣次郎,作事手代より後,留守居寄合となる。

その子平八,作事手代となる。

606

丹羽喜助

元祖治兵衛,寛文元年(1661)祐筆となる。

その子喜助。

その子治兵衛。

その子左兵衛。

その子治兵衛・養子,代々祐筆,喜助と改める。

607

丹羽新左衛門

元祖丹羽内蔵允,徒士よりのちに二百五十石鷹司政所様御守役となる。

その子弥五右衛門,町奉行となる。

その子弥五右衛門。

その子弾右衛門,大番組与頭,明和4年(1767)永の御暇となる。

その子新左衛門,惣領組に召しだされのちに側小姓七十俵四人扶持初め名円蔵後,百俵四人扶持下さる。


※ 養子縁組等先
  丹羽弥五郎家   松崎安兵衛

608

丹羽弥五郎

祖父弥五兵衛,徒士。

その子弥喜左衛門・本家新左衛門同族,代々徒士後,徒士目附となる。

609

沼田平左衛門

元祖進藤伊左衛門,水戸より御附,下館において厩別当,高松御入部二百石となる。

その子甚五兵衛,家督兄弟分知百石宛代々馬乗別当となる。

その長男甚太兵衛,馬屋別当。

その子平左衛門,馬乗となる。


※ 養子縁組等先
  
進藤鉞之丞家   沼田逸平次家   沼田佐野八

610

沼田逸平次

先祖沼田伊左衛門・甚五兵衛の次男,元禄7年(1694)分知百石より代々馬乗別当となる。

父伊左衛門,馬乗。

その子逸平次,別当となる。

611

沼田佐野八

佐野八・甚五兵衛の弟,初め徒士後徒士目付後十五石四人扶持大坂詰蔵奉行となる。

612

根本百助

元祖孫兵衛,下館において二十石大番正保2年(1645)百石勘定奉行,代々百石うける。

その子,その子八兵衛,公子志摩様の守役阿州に御供する。

その子左吉,家督くだされ後,大膳様御守百俵役料用人格,大膳様御死去後,表用人となる。

その子百助・養子後藤孫兵衛弟,百石馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  岸圓助

613

野萱半左衛門

半左衛門,小寄合となる。

その子。

614

野沢五左衛門

五左衛門,初め宗筑という。表坊主,のちに五左衛門と改める。吟味手代より後蔵奉行賄頭となる。

615

野原三兵衛

三兵衛・老女山路養子竹内次左衛門治左衛門か/次男,惣領組に召しだされ後,中寄合後五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

616

野溝愛之丞

先祖秦節,寛文3年(1663)五十俵扶持薬坊主。

その子勘四郎,新組与頭,代々鉄砲方となる。

その子惣右衛門・養子,惣領組与頭並となる。

その子平太,惣領組。

その子愛之丞,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  
平井甚右衛門

617

野村辰蔵

父五左衛門,定府手代より道具奉行,のちに御国勝手留守居番組となる。

その子辰蔵・養子小野周蔵弟,徒士よりのちに頬付鉄砲方惣領組となる。

618

能勢小原太

先祖小左衛門・芦沢治右衛門次男,英公の命を以って老女岡野の養子となる。万治2年(1659),側小姓に召しだされ後二百俵十人扶持寺社奉行となる。

その子小左衛門,馬廻番組与頭となる。

その子小左衛門,馬廻番組与頭,明和4年(1767)ゆえあって半知百俵五人扶持となる。のちに切支丹奉行となる。

その子八郎左衛門,馬廻番組。

その子小玄太,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  池内彦兵衛

619

信沢十次郎

十次郎,徒士よりのちに賄頭となる。

620

乃村清兵衛

清兵衛,代々船手加子後,物書より船与力。




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