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高松藩士由緒録 ≪な之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

551

中助造

先祖助三,初め京極家家士,享保14年(1729)十人扶持大番組。

その子江兵衛・養子鈴木与右衛門子(鈴木姓は八軒あるも,該当者の記述はなし鈴木へ),惣領組後大番組。

その子助惣・養子樋口忠左衛門忠右衛門か/次男,惣領組。

その子次郎兵衛・養子牢人大河原助左衛門子,惣領組となる。助造と改める。

552

中井繁蔵

先祖代々,香川郡円座村大政所。

当繁蔵・養子三井段(臨)蔵三男,初め大政所後大番組となる。


※ 養子縁組等先
  香西弥七郎家   中井三立

553

中井三立

三立・繁蔵同族,七人扶持表医師となる。

554

中川万右衛門

先祖半之丞,元備前家中,寛文6年(1666)召しだされ二百五十石先手頭となる。

その子万右衛門,家督二百石。

その子半之丞・養子藤田九郎兵衛の次男,三百五十石年寄となる。

その子半之丞・養子浅田七右衛門の次男,書院番頭となる。

その子伊織,小姓頭となる。

その子万右衛門,馬廻番頭となる。


※ 養子縁組等先
  岡見氏三郎家?

555

中沢伝右衛門

伝右衛門,惣領組。

556

中澤又右衛門

父太右衛門,金蔵手代より道具奉行,

その子覚左衛門,日帳附より吟味人徒士,不座後改易。

安右衛門・太右衛門次男,又左衛門と改める。


※ 養子縁組等先
  
岸本新吾

557

中津川勘蔵

先祖市左衛門,寛永19年(1642)船頭。

その子市郎右衛門,船頭より後,留守居組。

その子正悦,茶道後,五十俵四人扶持茶道頭となる。

その子庄七・養子竹内治左衛門次男,奥目付となる。

その子勘蔵・養子岡内加右衛門次男,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  田中小角

558

中西金右衛門

先祖金右衛門,初め徒士,宝永元年(1704)勘定人のちに五十俵四人扶持,御姫様の守役となる。

その子金右衛門,惣領組となる。

その子金右衛門,小僧より徒士式台となる。

559

中西武左衛門

父善内,惣領組。

その子武左衛門,徒士小頭となる。


※ 養子縁組等先
  
木沢又兵衛家   田中伝之丞

560

中野与右衛門

先祖寿仙,元禄2年(1689)小僧よりのちに十石三人扶持茶道頭格となる。

その子与右衛門,徒士目付。

その子与右衛門,徒士より徒士目付後,帰番する。

561

中堀善左衛門

本家弥次右衛門,寛永19年(1642)徒士後,谷市郎右衛門与力,この家出奔いたし断絶する。

先祖善左衛門,万治元年(1658)徒士後,百俵四人扶持中寄合となる。

その子善左衛門,家督百俵門番頭となる。

その子善左衛門・養子,奥目付となる。

その子善左衛門,書院番組より奥目付となる。


※ 養子縁組等先
  
稲澤五百城

562

中村嘉膳

先祖より代々,大久保家与力

563

中村金次

祖父加左衛門,寛文(1661〜73)年中奉行手代後,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子茂右衛門(号東岡),家督百俵馬廻番組後,百五十俵百俵役料寺社奉行となる。

その子弥平太,部屋住にして早世する。

その子金次・嫡孫承祖,家督百五十俵書院番組より門番頭となる。


※ 養子縁組等先
  
朝比奈助次郎

564

中村和吉

和吉・金次弟,初め雄丸様御伽後,膳番後惣領組となる。

565

中村佐左衛門

父半太夫,勘定場手代。

その子半太夫,賄人より蔵奉行並のちに佐十郎,又佐左衛門と改める。

566

中村助四郎

父助四郎,代官手代。

その子助四郎,代官手代より後吟味人となる。

567

中村丹下

本家中村三左衛門,水戸より御附,下館において二百石高松御入部三百石となる。

その子三左衛門,永の御暇くだされ家断絶す。

元祖志摩,三左衛門次男,寛文7年(1667)分知百石となる。

その子丹下,百石寄合番頭となる。

その子丹下,寄合番頭となる。

その子丹下・養子飯嶋茂六次男,使番となる。

その子丹下・養子上遠六太夫次男,家督百五十石大番頭となる。


※ 養子縁組等先
  荻又十郎家   中村八太夫
  長尾幸助

568

中村八太夫

先祖彦右衛門・中村丹下弟,宝永6年(1709)徒士に召しだされ後,三十俵四人扶持奥目付となる。

その子八太夫,惣領組より側小姓五十俵四人扶持切支丹奉行となる。

その子八太夫・養子増田宇左衛門卯左衛門か/三男,家督三十俵四人扶持留守居番組,後十俵役料同与頭となる。


※ 養子縁組等先
  飯野佐兵衛

569

中村鉄蔵

先祖太田小野八,後中村四郎左衛門と改める。享保15年(1730)惣領組後留守居となる。

その子武右衛門・養子中山所左衛門三男,初め徒士後,五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子十助,留守居寄合となる。

その子鉄蔵,徒士,四郎左衛門と改める。


※ 養子縁組等先
  加藤梶之助家   中山所一郎

570

中村八郎右衛門

先祖八郎右衛門,公子志摩殿家士,懐公表へ養子の時分,側小姓のちに百石側用達,後百石大番組切支丹奉行となる。

その子段次,馬廻番組奥横目百俵役料郡奉行のちに馬廻番組中寄合となる。

その子与一,書院番組より中寄合となる。八郎右衛門と改める。

その子・養子雑賀平十郎次男。


※ 養子縁組等先
  中村小平太家   中村小伝次

571

中村小平太

父茂太夫・中村八郎右衛門弟,公子志摩殿家士,元文元年(1736)表へ召しだされる。側小姓,馬廻番組のちに定公側小姓定府おおせつけられ百五十俵四人扶持五十俵役料側用人となる。

その子小平太,側小姓後,五十俵役料用人寺社奉行寄合番頭。

その子茂太夫,馬廻番組百五十俵となる。

572

中村小伝次

父多宮・中村段次次男,側小姓に召しだされる。

その子喜之助・養子三木合右衛門次男,惣領組となる。小伝次と改める。秀蔵と改める。

573

中村彦左衛門

彦左衛門,初め筧助左衛門与力後,大膳様附惣領組並後,徒士目付となる。

574

中村彦蔵

元祖彦三郎,元文2年(1737)召しだされ二十人扶持中寄合儒者となる。後百俵五人扶持使番挌。

その子彦三郎・養子深井清右衛門清左衛門か/子,二十人扶持中寄合となる。

その子彦蔵・養子同姓浅次郎次男,七人扶持小寄合となる。

その子彦蔵・養子牟礼村同姓中村某子。


※ 養子縁組等先
  生駒矢柄家   中村甚内

575

中村甚内

父浅次郎・中村彦三郎同族,初め吟味手代に召しだされ後,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子浅次郎,家督大番組後,作事奉行となる。甚内と改める。又,浅次郎と改める。


※ 養子縁組等先
  中村彦蔵

576

中村弥右衛門

先祖文左衛門,慈照院様附賄人。

その子文左衛門,また同じ。

その子友右衛門,内證手代後,五十俵四人扶持百俵役料代官となる。

その子弥右衛門,用人手代後,七十俵四人扶持札会所詰元締役,後勘定奉行並のちに三十俵四人扶持留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  中村文左衛門家   山下多之助家   山田秀蔵

577

中村文左衛門

文左衛門・友右衛門の弟,寛保2年(1742)六石二人扶持奥様賄人に召しだされる。のちに四人扶持六石賄頭大納戸格となる。

578

中村弥太夫

父弥太夫手代より寺社取次。

その子友次郎・養子石清尾(八幡宮)下弥宜,神内武太夫子寺社手代となり後御暇くだされる。

579

中村六之丞

先祖六右衛門,下館において扶持方奉行高松御入部百五十石用人となる。

その子六右衛門,番組。

その子六右衛門,切支丹奉行。

その子宅右衛門・養子三笠平八三笠姓は一軒のみ)の弟,側小姓。

その子権蔵。

その子六之丞・養子,ゆえあって知行減二人扶持下される。宅右衛門と改める。惣領組となる。

580

中山所一郎

先祖中山所左衛門,二百石町奉行,ゆえあって御暇くだされる。

その子久蔵,徒士に召しだされる。

その子三之丞・養子中村武左衛門武右衛門か)三男,徒士目附。

その子所一郎・養子今村五郎左衛門弟,徒士出奔家絶える。


※ 養子縁組等先
  中村鉄蔵

581

中山千馬之助

千馬之助・即就院様甥,二十人扶持小姓の上にて御目見え,享和元年(1801)3月26日,二百俵八人扶持となる。

582

中山槌之助

先祖甚内,百俵四人扶持。

その子金治,五十俵四人扶持大番組。

その子常次,徒士。

その子槌之助・養子大塚弥太夫次男,徒士となる。

583

長尾謙益

先祖宗益,延享元年(1744)召しだされ二百石御匕。

その子宗益,百石奥医師となる。

その子謙益,二十人扶持奥医師となる。

584

長尾元章

先祖良安,享保15年(1730)十人扶持表医師のちに十五人扶持となる。

その子良伯,二十人扶持奥医師となる。

その子伯彦,十人扶持表医師のちに出奔家断絶。

良仲・良安次男,格別の召しだされ二十人扶持表医師となる。

その子元章,七人扶持表医師となる。

585

長尾幸助

先祖長左衛門,英公の御代,代官手代,

その子半太夫,宝永元年(1704)久米六郎左衛門与力となる。

その子弥一右衛門,徒士目付。

その子丈右衛門・養子国方市郎右衛門実方弟,徒士目付後留守居番組となる。

その子幸助・養子中村丹下次男,徒士となる。のちに弥一左衛門と改め,徒士目付となる。


※ 養子縁組等先
  長尾平太

586

長尾平太

平太・長尾弥一右衛門妹老女豊田養子赤木武兵衛三男,宝暦10年(1760)惣領組のちに側小姓五十俵四人扶持切支丹奉行のちに七十俵下さる。

587

長曽根仁右衛門

先祖より代々,頬付鉄砲方惣領組。

当仁右衛門,惣領組与頭となる。


※ 養子縁組等先
  
安堵本益

588

長曽根又兵衛

又兵衛,惣領組

589

長野藤八郎

先祖藤八郎,元禄11年(1698)奉行手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子三郎左衛門,惣領組のちに勘定奉行。

その子藤八郎,惣領組のちに五十俵四人扶持大番組となる。与八郎と改める。

590

永瀧助六

初代助六,正保3年(1646)三十俵五人扶持大小姓のちに二百五十石物頭となる。初め源五兵衛。

二代目助六,物頭となる。

三代目助六,物頭となる。

四代目助六,持筒頭となる。

五代目助六・養子大須加郷右衛門次男,大番組与頭寛政12年(1800)8月23日知行の内,百石並びに御役義召し上げられ蟄居する。


※ 養子縁組等先
  大須加左五郎家   小神野五郎右衛門
  鈴木忠左衛門

591

名倉宇兵衛

先祖名倉万右衛門,徒士より蔵奉行となる。

その子万右衛門,徒士。

その子宇兵衛,徒士となる。

592

那須善左衛門

先祖善左衛門,二十俵五人扶持郡奉行支配天和2年(1682)。

その子善左衛門,初め権六という。五十俵五人扶持新組鉄砲師役となる。

その子善左衛門,惣領組ゆえあって永の御暇くだされる。三人扶持在宅。

その子善左衛門,一派の願いによって父善左衛門御勘気御免おおせつけられ惣領組に召しだされる。


※ 養子縁組等先
  
那須仲三郎家   那須左仲

593

那須仲三郎

先祖小十郎,元祖善左衛門次男,貞享4年(1687)新組のちに二十五俵三人扶持砲術師役となる。

その子小十郎,二十俵四人扶持となる。

その子小十郎・養子神谷甚左衛門(神谷姓の記述なし,楠正助家の項に神谷梅庵の記述あり)次男,四十俵四人扶持中寄合砲術師役となる。

その子小十郎・養子今泉百蔵次男,三十俵四人扶持惣領組となる。

その子仲次郎・養子那須左仲次男,惣領組となり,仲三郎と改める。


※ 養子縁組等先
  楠正助

594

那須左仲

父吉十郎・二代目善左衛門次男,格別に召しだされ四人扶持惣領組,後兄善左衛門不行跡に付き在宅おおせ付けられ,家督五十俵五人扶持を吉十郎に下され惣領組与頭並,砲術師役となる。

その子左仲,五十俵五人扶持,初め惣領組のちに中寄合,砲術師役となる。


※ 養子縁組等先
  那須仲三郎

595

那須伴右衛門

先祖甚太夫,初め公子修理君家士,元禄16年(1703)表に召さる。徒士後三十俵四人扶持留守居組となる。

その子伴右衛門,徒士後惣領組留守居番組となる。

その子与平太,徒士目附,

その子伴右衛門・養子小嶋与五右衛門次男,徒士目付となる。

596

成田加之母

元祖内膳・大久保藤右衛門忠邦次男,正保4年(1647)召しだされ後四百五十石大番頭年寄となる。初め内匠という。

その子十内,家督四百石側小姓となる。

その子市郎兵衛・養子大久保藤右衛門弟,家督二百五十石,後五十石加増都合三百石大番頭となる。

その子直馬,次小姓より使番となる。

その子加之母・養子実弟,書院番組より側小姓となる。


※ 所属与力
  古市直右衛門



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