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高松藩士由緒録 ≪み之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

743

三笠五郎兵衛

五郎兵衛,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  
中村六之丞家?

744

三守清左衛門

清左衛門・覚了院様実母清霄院様・養子瀧川八郎太夫の次男,寛保元年(1741)召しだされ百五十俵十人扶持のちに二百石城附となる。

その子五郎左衛門,使番より大寄合奥様附となる。

745

三守吉右衛門

先祖五左衛門,寛文7年(1667)公子玄蕃殿附。

その子五左衛門,享保元年(1716)表へ出,五十俵奥目附となる。

その子権内,大番組となる。

その子吉右衛門・養子吉田何太の次男,また同じ。

746

三守吉次

本家三守六右衛門,生駒出人,高松御入部,蔵奉行となる。のちに断絶する。

先祖孫左衛門・六右衛門の弟,承応2年(1653),徒士のちに五十石留守居となる。

その子林左衛門,初め徒士,寛文8年(1668)徒士横目のちに百俵五人扶持公子図書様守役となる。

その子林左衛門,家督百石大番組となる。

その子林左衛門,また同じ。

その子兵太夫,早世。

その子吉次・養子同姓儀右衛門の三男,初め四人扶持惣領組に召しだされ五十俵四人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  三守十次郎

747

三守十次郎

先祖儀右衛門・本家六右衛門の弟,寛文10年(1670)新組に召しだされ代々頬付鉄砲方となる。

その子儀右衛門,惣領組与頭となる。

その子勘助,鉄砲方惣領組となる。

その子浅次郎,また同じ。

その子十次郎・養子井上九右衛門次男,また同じ。


※ 養子縁組等先
  松本久兵衛家   三守吉次

748

三木岩八

先祖弥平,徒士より伯楽となる。

その子文五郎・養子瀬尾孫太夫の子,徒士より伯楽となる。

その子岩八,伯楽となる。

749

三木武太夫

元祖七郎右衛門,水戸より御附,寛永16年(1639)百五十石側小姓高松御入部二百五十石徒士頭となる。初め吉十郎という。

その子武太夫,三百五十石小姓頭となる。

その子武太夫,家督二百五十石のちに百石加増都合三百五十石江戸年寄となる。

その子武太夫,家督二百五十石御国勝手のちにまた江戸奉行,病気のため若隠居す。

その子作之丞,家督二百石御国勝手次小姓より惣領組頭,寺社奉行となる。


※ 養子縁組等先
  
牛窪松太郎家   三木義右衛門

750

三木義右衛門

元祖五兵衛・武太夫同姓,威公に仕える。

その子清兵衛,五兵衛の弟,下館より高松御入部二百石大番となる。

その子合右衛門,永の御暇となり後,百俵五人扶持にて召しだされる。

その子合右衛門,家督百俵大番組。

その子合右衛門,家督五十俵留守居番組のちに与頭となる。

その子合右衛門・養子宮脇理兵衛の次男,家督五十俵大番組となる。義右衛門と改める。


※ 養子縁組等先
  冨永平兵衛家   中村小伝次

751

三木五助

先祖休甫,慶安4年(1651)召しだされる。

その子藤助,徒士のちに庭奉行となる。

その子藤助,惣領組より奥目附となる。

その子五助,徒士目附となる。

752

三木秀伯

父瑞仲,五人扶持薬坊主に召しだされる。

その子秀伯・養子,五人扶持薬坊主となる。


※ 養子縁組等先
  
山内関蔵

753

三木半助

元祖半太夫,慶安3年(1650)十石三人扶持鉄砲薬込のちに百俵五人扶持鉄砲奉行となる。初め早水弥惣左衛門という。

その子弥太郎,家督百俵となる。

その子半太夫,家督三十俵四人扶持惣領組のちに五十俵四人扶持奥横目となる。

その子半助・養子佐久間治左衛門の子,三十俵四人扶持惣領組のちに中寄合となる。


※ 養子縁組等先
  三木弥兵衛

754

三木弥兵衛

先祖弥兵衛,元祖半太夫の三男,元禄5年(1692)御山小姓のちに三十俵四人扶持大納戸となる。

その子弥兵衛。

その子弥兵衛,三十俵四人扶持十俵役料留守居番組与頭,のちに中寄合となる。

755

三崎林五

先祖市郎兵衛,寛文10年(1670)十一石取,延宝3年(1675)風呂屋頭。

その子十右衛門,世子中小姓のちに大番。

その子十右衛門,三十俵四人扶持留守居番組。

その子伴五,惣領組。

その子林五,惣領組となる。

756

三井光慶

光慶,金毘羅住眼科小寄合所にてお目見え。

757

三井段蔵

先祖段蔵,手代より郷普請奉行代官格となる。

その子藤蔵,郷普請奉行となる。

その子段蔵,賄人病心に付き御暇となる。


※ 養子縁組等先
  
芦沢覚兵衛家   中井繁蔵

758

三野秀蔵

先祖三郎四郎,徒士小頭。

その子三郎四郎,徒士。

その子孫之進,また同じ。

その子秀蔵,また同じ。

759

三野泉益

泉益,表坊主より茶道薬坊主格となる。

760

三野弥兵衛

弥兵衛,初め百姓郷中教役より小寄合二十人扶持中寄合となる。

761

三村七郎右衛門

先祖七郎右衛門,元禄16年(1703)徒士のちに愛姫様附五十俵四人扶持。

その子七郎右衛門,惣領組与頭のちに中寄合。

その子七郎右衛門,惣領組より留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  冨永直次家   古川市次

762

三村与左衛門

元祖与左衛門,寛文10年(1670)糸姫様賄人より後百石物頭格清涼院様御守となる。

その子与左衛門。

その子与左衛門,のちに門番頭となる。

その子与左衛門・養子吉川太作の弟,馬廻番組より小納戸格,御書物預りとなる。


※ 養子縁組等先
  三村助五郎

763

三村助五郎

先祖与左衛門・元祖与右衛門先祖与右衛門・元祖与左衛門か?/の弟,寛文(1661〜73)年中奉行手代よりのちに百石百俵役料郡奉行となる。

その子与右衛門,大目附となる。

その子孫兵衛,馬廻番組のちに御姫様御守,酒井家へ行き二百石物頭格となる。

その子助蔵,家督百石定府のところ病気。

その子助五郎,幼少につき御国勝手大番組より馬廻番組となる。

764

三宅伊織

元祖十太夫,水戸より御附,嵯峨より英公へ奉仕,下館において二百石高松御入部三百石のちに五百石年寄となる。

その子十太夫,家督分知四百石となる。

その子齊宮,留守居番頭となる。

その子伊織,幼少にて家督四百石次小姓のちに年寄となる。


※ 養子縁組等先
  国分七左衛門家?

※ 所属与力
  造田瀬兵衛家   高畑義十郎

765

三宅八郎兵衛

八郎兵衛,手代より大坂詰蔵奉行,のちに御国勝手郷普請奉行となる。

766

三宅林右衛門

(初め中山後,三宅と改める)

元祖善左衛門,高松御入部徒士のちに百石大番となる。

その子長三郎,早世。

三宅四郎左衛門・善左衛門外戚の孫,長姫君の要請によって長三郎家督百石下さる。のちに公子玄蕃殿附となる。

その子林右衛門,奥横目のちに五十俵役料大膳様御守となる。

その子林右衛門,馬廻番組のちに奥目付となる。


※ 養子縁組等先
  池田道益

767

三好合左衛門

本家三好惣四郎,寛文4年(1664)召しだされる。

その子孫左衛門,軽丸様御供して水戸へ行く。

先祖合左衛門・惣四郎の弟,寛文4年(1664)惣領組のちに二十人扶持軍用役となる。

その子合左衛門,三十俵四人扶持惣領組。

その子合左衛門,百俵四人扶持中寄合となる。

768

三好与一左衛門

本家惣四郎,寛永元年(1624)召しだされる。

先祖与一左衛門・惣四郎の弟,慶安元年(1648)召しだされ百石数寄奉行軍用役となる。

その子与一左衛門。

その子与一左衛門,奥目附となる。

その子与一左衛門,書院番組のちに大納戸数寄奉行となる。


※ 養子縁組等先
  
山口喜兵衛

769

水野喜三太

父丹右衛門・水野土佐守同姓,初め小僧よりのちに徒士となる。

その子喜三太・養子芦沢水之助与力沼野喜平太の弟,徒士となる。

770

水野惣兵衛

本家太郎右衛門,下館において彦坂織部の与力高松御入部二百石。

その子清左衛門の頃に家断絶する。

先祖七郎右衛門・太郎右衛門の次男,慶安4年(1651)惣領組のちに二百石物頭となる。

その子弥惣義,家絶える。

父惣助・老女水野・養子,正徳4年(1714)召しだされのちに金十両四人扶持奥目附となる。

その子惣兵衛,惣領組のちに五十俵四人扶持門番頭となる。

その子直五郎,大番組となる。

771

溝口斧之進

先祖甚悦,宝永2年(1705)小僧よりのちに四十俵四人扶持茶道頭格となる。

その子千八・養子山内収賢山内姓は一軒のみ)の子,徒士目附となる。

その子斧之進・養子進藤鉞之丞の弟,徒士目附となる。

772

光宗伝内

代々,鷹匠鳥見。


※ 養子縁組等先
  
小田好兵衛

773

峯岸貢

父藤太,寛延元年(1748)惣領組に召しだされる。穆公御部屋より御奉公,老女岸岡の弟のゆえを以ってのちに次小姓となる。

その子貢,百俵四人扶持百俵役料横目となる。

その子貢,側小姓となる。

774

峰貞助

父久右衛門,奉行手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行。

その子貞助・養子田中弥左衛門(田中姓は五軒あるも,該当者の記述はなし田中へ)の子,三十俵四人扶持小寄合のちに賄頭となる。のちに出奔し家断絶する。

775

宮内圓蔵

父専右衛門,先祖より代々郡足軽。

その子圓蔵・養子,郡足軽より手代並留守居寄合のちに徒士並となる。

776

宮坂秀蔵

秀次郎,依田佐平太の姉女中の養子,徒士に召しだされのちに徒士目附となる。秀蔵と改める。

777

宮崎権兵衛

元祖権兵衛,下館より仕え高松御入部百五十石大納戸のちに二百石用人となる。

その子権兵衛,鎗奉行となる。

その子権兵衛・養子一向宗福善寺(住職)の弟,家督百石奥目附となる。

その子権兵衛・養子豊嶋喜八郎(豊嶋姓の記述はなし)の子,のちに御姫様附きとなる。

その子権兵衛,家督百石御国勝手馬廻番組となる。初め理平太という。

778

宮崎次兵衛

次兵衛,代々阿野郡坂出村大政所,のちに持高二十石下され郷留守居寄合となる。

779

宮崎瀧右衛門

滝右衛門,徒士目附より蔵奉行となる。

780

宮崎忠四郎

忠四郎,先祖より代々徒士。

781

宮崎理平太

理平太,大蔵様御部屋小姓惣領組並となる。

782

宮地伝左衛門

五代祖九郎右衛門,寛永19年(1642)大工頭おおせつけられそれより代々大工頭。

三代目久兵衛となり帯刀御免となる。


※ 養子縁組等先
  
宮地義平太家   宮地新兵衛

783

宮地義平太

父右仲太・大工頭宮地伝左衛門の子,元文2年(1737)徒士よりのちに三十俵四人扶持中寄合となる。定公の鎗術御師範なり。

その子義平太・養子,馬廻番組となる。

784

宮地新兵衛

新兵衛・伝左衛門の族,手代より吟味人となり四十俵四人扶持元締役となる。

785

宮治津之助

本家宮治五右衛門,代々大工頭。

宮治五助,早世に付き家絶える。

父加一郎・宮地五右衛門の女老女藤嶋・養子安藤又左衛門の子,鉄砲方惣領組に召しだされる。

その子津之助・養子国方金四郎の子,惣領組となる。

その子伝蔵・養子笹嶋喜右衛門の次男。


※ 養子縁組等先
  綾田喜内家?

786

宮武喜右衛門

喜右衛門,船手物書よりのちに辻外記与力より船与力となる。のちに御暇となる。

787

宮武才兵衛

才兵衛,代々阿野郡林田村大政所,塩浜新開に付き引高二十石下され郷留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  
香川与右衛門

788

宮武三六

三六,主計様附惣領組並のちに三人扶持下され御暇となる。

789

宮武八郎右衛門

宮武次郎衛門,元青海村百姓,徒士よりのちに小納戸となる。

その子以作・養子,薬坊主のちに御暇となり家絶える。

八郎右衛門・次郎右衛門の弟,徒士より小寄合鎗術師役となる。


※ 養子縁組等先
  
宮武半兵衛

790

宮武半兵衛

半兵衛・宮武次郎右衛門姉老女智礼養子牢人阿賀次郎助の次男,徒士よりのちに頬付方惣領組となる。

791

宮寺礒之進

本家宮寺茂内,二百石。

その子市太郎,百石側小姓のちに出奔家絶える。

先祖八郎兵衛・茂内の族,百石番組となるもゆえあって改易となる。

その子伊右衛門,徒士に召しだされる。

その子礒之進・養子仏生山神主田村内記の甥,徒士より徒士目附となる。


※ 養子縁組等先
  
伊澤金五家?   伊藤孫左衛門家?
  石川段之進家?

792

宮本権太夫

先祖市郎右衛門,寛文7年(1667)吟味人のちに百俵四人扶持勘定奉行辻番頭となる。

その子権太夫。

その子権太夫,側小姓より用人となる。

793

宮脇岩蔵

先祖六右衛門,寛文7年(1667)徒士,のちに留守居。

その子兵右衛門のちに六太夫,徒士より惣領組となる。

その子六太夫,徒士より小寄合となる。

その子岩蔵,徒士より小寄合となる。


※ 養子縁組等先
  
森直蔵

794

宮脇小輔

父子輔,木村亘与力。

その子子輔,留守居寄合となる。

795

宮脇理助

理助,享保17年(1732)覚了院様物書に召しだされる。

796

宮脇理兵衛

先祖庄右衛門,奥番。

その子理兵衛,小僧より延享4年(1747)勘定人のちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子理兵衛,百俵四人扶持書院番組,ゆえあって五十俵召し上げられ蟄居,のちに御免となり大番組となる。


※ 養子縁組等先
  
小瀧五兵衛家   三木義右衛門



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