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高松藩士由緒録 ≪く之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒書記載事項

300

日下忠右衛門

父順治,徒士。

その子忠右衛門,初め徒士より惣領組となる。

301

日下忠次郎

父忠次郎,宝永(1704〜11)の頃,代官手代のちに十五石四人扶持作事奉行となる。

その子忠次郎,徒士より惣領組となる。

302

楠正助

本家楠太郎左衛門,留守居番組。

その子太郎左衛門。

その子内蔵之助・養子矢野久八(矢野姓は七軒あるも,該当者の記述はなし矢野へ)子,惣領組のちに出奔家絶える。

先祖楠喜兵衛・太郎左衛門族・養子神谷梅庵子(神谷姓の記述なし)那須小十郎(那須仲三郎家の項に神谷甚左衛門の記述あり)兄,留守居番組。

その子長作・養子木沢一夢木沢姓は一軒のみ)子,徒士となる。

その子正助・養子ハザマ(現満濃町)村牢人小国彦四郎子,初め徒士より後,惣領組与頭となる。

303

久世茂左衛門

父為七,久米六郎左衛門与力。

その子茂左衛門,札会所手代より吟味人。

その子松齋,小僧のちに茂次郎と改める,札会所手代となる。

304

久保休安

父休安,薬坊主より後,奥医師。

その子三良,五人扶持薬坊主,久安と改める。

305

久保作右衛門

父作右衛門,手代より吟味人。

その子作右衛門,札会所手代となる。

306

久保庄助

先祖九太夫,郷手代。

その子九太夫,また同じ。

父加七郎,小夫兵庫与力,道具奉行,のちに谷左馬之助与力,後三人扶持くだされる。

その子庄助,作事手代より後,五十俵四人扶持百俵役料代官となる。のちに病気に付き大番組となる。


※ 養子縁組等先
  安芸孫四郎

307

久保長十郎

長十郎,初め手代より蔵奉行となる。

308

久保冨三郎

父左助,初め帯刀人おおせつけられ後小寄合二十人扶持中寄合となる。

その子・養子守屋善兵衛次男。

その子冨三郎・養子。


※ 養子縁組等先
  齋藤景玄

309

久米建仲

建仲,町医師後小寄合会所にてお目見え。

その子文甫・養子。

310

久米道説

先祖周庵,百石奥医師。

その子甫雲・養子,五十俵表医師後病気に付き御暇となる。

その子道説・三人扶持薬坊主並,のちに御暇くだされる。寛政12年(1800)6月のこと。


※ 養子縁組等先
  
熊谷慶弥

311

久米半左衛門

元祖六郎左衛門,水戸より御附,下館において五十石,寛永19年(1642)高松御入部二百石後五百石年寄となる。

その子六郎左衛門。

その子六郎左衛門・養子角田清右衛門次男,家督三百石に減る。大番頭になる。

その子六郎左衛門・養子江川舎人次男,大番頭となる。

その子半左衛門,側小姓より惣領組,馬廻番頭となる。


※ 所属与力
  倉知金弥家   近藤喜三郎

※ 関係先
  尾池彦太夫家   大久保金左衛門

312

工藤郷太夫

元祖六太夫,水戸より御附,下館において肥田和泉与力,高松御入部二百五十石,のちに兵太夫という。

その子六太夫,旗奉行となる。

その子六太夫,旗奉行となる。

その子数馬,書院番組となる。

その子久之丞,大番組家督の後,幼少にて早世する。

その子郷太夫・養子実弟,名跡相続養子となり追って十人扶持下さる。大番組後百俵小納戸三十俵加増合わせて百三十俵使番並となる。

313

国方作兵衛

本家国方作兵衛,寛文6年(1666)五十石御大番。

国方次郎兵衛,万治元年(1658)五十石城代与力。

その子権左衛門,公子帯刀様御奉公,元文元年(1736)表へ召しだされる。

その子権左衛門・養子山崎藤十郎次男,惣領組,のちに五十俵四人扶持の奥目附となる。

その子作兵衛・養子多賀儀右衛門/義右衛門か/次男,三十俵四人扶持惣領組となる。

314

国方甚左衛門

甚左衛門,船作事手代より後百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子亀蔵,大番組七十俵四人扶持となる。

315

国方甚太夫

父甚太夫,手代より寺社取次のちに留守居番組となる。

その子甚太夫徒士小頭となる。


※ 養子縁組等先
  
熊谷慶弥

316

国方通丹

通丹,宝暦11年(1761),三十俵四人扶持薬坊主格,明和3年(1766)奥医師百俵四人扶持針立となる。

317

国方鉄五郎

先祖市郎右衛門,寒川郡大政所国方惣助次男元文3年(1738)金蔵手代より後,五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子金四郎,留守居寄合より蔵奉行となる。

その子鉄五郎,徒士。

その子・実弟。


※ 養子縁組等先
  
高橋万右衛門家   長尾幸助家   宮治津之助

318

国方平左衛門

平左衛門,手代より賄頭並となる。

319

窪川左門

先祖正哲,明暦(1655〜58)年中,八石三人扶持小僧,のちに茶道頭,

その子春林,小僧より後医師格となる。

その子平左衛門,小納戸後七十俵四人扶持使番格となる。

その子左門,大番組となる。

320

窪田平四郎

先祖清九郎,延宝の頃代官手代になる。

その子平四郎,元禄16年(1703)賄人のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子平四郎,大番組五十俵四人扶持。

その子平四郎・養子山地千八/専八か/次男,三十俵四人扶持留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  山地久太郎

321

熊岡辰三郎

先祖三太夫,初め町奉行足軽よりのちに町与力となる。

当辰三郎・養子滝五郎太夫三男。

322

熊谷慶弥

先祖五郎右衛門,万治元年(1658)大久保主計与力。

その子,また同じ。

その子八郎右衛門,徒士より大坂吟味人。

その子,その子儀平太徒士目附。

その子・養子国方甚太夫次男徒士。

その子慶弥,小僧となる。

323

熊田権三郎

先祖治兵衛,水戸より御附,下館において百五十石高松御入部二百五十石となる。

その子,その子与兵衛・養子下野国那須郡熊田村小幡某次男。

その子与兵衛,物頭となる。

その子権三郎,徒士頭となる。

その子小三郎,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  
伊澤金五家   上遠六太夫
  吉田伝左衛門

324

熊田伴助

伴助,徒士

325

倉田太郎左衛門

先祖太郎左衛門,頬付鉄砲方新組。

その子,また同じ。のちに御暇くだされる。

その子太郎左衛門,徒士。

その子太郎左衛門・養子市村甚八弟,初め徒士,のちに頬付鉄砲方惣領組となる。

326

倉知金弥

先祖庄九郎,延宝2年(1674)小姓格召しだされ公子図書様御附,元禄16年(1703)表へ召しだされ側小姓のちに二百石御姫様御守となる。

その子庄九郎・養子医師久米周庵弟,使番となる。

その子弥次郎・養子石川藤蔵次男,使番となる。

その子庄九郎・養子石川藤蔵三男,大番組となる。

その子三郎兵衛,大番組となる。

その子金弥・養子竹垣官之丞弟,大番組となる。

327

栗田清輔

元祖佐左衛門,下館において百石,彦坂織部与力高松御入部二百石旗奉行となる。

その子佐左衛門,鎗奉行となる。

その子佐左衛門,旗奉行となる。男子無く元木孫右衛門弟与一郎養子とするが,不縁に付き差し戻す。

その子七太夫・与一郎の子,家督百石大番組。

その子三之助・養子実は佐左衛門の子,馬廻番組となる。

その子嘉伝次・養子新居平八次男,書院番組,清助と改める。


※ 養子縁組等先
  栗田角太夫

328

栗田角太夫

角太夫・佐左衛門の弟,寛延元年(1748)徒士よりのちに惣領組,ゆえあって改易となる。

329

栗田辰之進

先祖治左衛門,水戸より御附,下館において二百石高松御入部三百石旗奉行となる。

その子治左衛門・養子永田段之進(永田姓の記述なし)子,持筒頭となる。

その子牧次,使番となる。

その子辰之進,大番組となる。

330

栗原喜右衛門

喜右衛門,手代よりのちに山奉行,ゆえあって自殺。その子理兵衛,奉行手代より吟味人となる。

331

栗原忠右衛門

忠右衛門,蔵手代よりのちに郷普請奉行となる。

332

栗生八郎左衛門

先祖八郎左衛門,元禄5年(1692)召しだされ三十人扶持書院番組のちに二百俵八人扶持をうける。

その子宗左衛門,二百石城附となる。

その子八郎左衛門,大寄合となる。

333

黒田幾之助

先祖a庵,宝永元年(1704)百俵五人扶持医師のちに三百石御匕となる。

その子善蔵,家督百石大番組となる。

その子権右衛門,奥目附となる。

その子幾之助・養子芦沢覚兵衛次男,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  西岡彦四郎

334

桑田小三郎

先祖桑田小三郎,手代より大坂詰蔵奉行。

その子。

335

桑田仙兵衛

元祖武右衛門,慶安4年(1651)船頭後船与力となる。

その子武右衛門,奥番となる。

その子丹蔵,享保元年(1716)徒士より十五石四人扶持祐筆となる。

その子尉太夫,また同じ。

その子仙兵衛・養子雑加某(雑加でなく雑賀姓が二軒あり雑賀へ)子,奥祐筆格となる。


※ 養子縁組等先
  平尾善八郎家?

336

桑名八平

先祖広内,鷹(匠)より徒士。

その子広内,また同じ。

その子新次郎・養子由佐村牢人加藤権右衛門子,徒士となる。

その子八平,徒士より留守居寄合となる。




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