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高松藩士由緒録 ≪こ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

337

小泉仲

元祖勘左衛門,水戸において肥田和泉守与力,高松御入部表に召しだされ二百石下さる。

その子八左衛門,三百五十石書院番頭となる。

その子,その子八左衛門,家督三百石書院番頭となる。

その子仲,書院番頭となる。

その子仲,側小姓より惣領組となる。

338

小嶋市兵衛

市兵衛,代々志摩殿家来,初め大膳様小納戸のちに志摩殿御守七十俵四人扶持五十俵役料。

339

小嶋七蔵

先祖市兵衛,寛永19年(1642)十石三人扶持のちに十八石四人扶持元金奉行となる。

その子忠左衛門,公子帯刀様家臣。

その子弥太夫,元文元年(1736)懐公の御供して江戸に出る。のちに奥横目御姫様附定府百俵四人扶持物頭格となる。

その子四郎左衛門・養子松浦弾次松浦姓は二軒あり)の弟,横目となる。

その子七蔵,御国勝手家督百俵四人扶持大番組となる。長蔵と改める。

340

小嶋又左衛門

先祖又左衛門,下館において八両三人扶持賄人高松御入部百石大納戸,初め文右衛門。

その子与五右衛門,奥目附となる。

その子与五右衛門,馬廻番組となる。

その子次郎左衛門,書院番組となる。のちに又左衛門と改める。


※ 養子縁組等先
  
那須伴右衛門家   福家半次郎

341

小瀧五兵衛

先祖甚八,足軽。

その子五兵衛,日帳付より後帯刀様御賄頭五十俵四人扶持小納戸となる。

その子弥五郎・宮脇理兵衛三男,三十俵四人扶持惣領組となる。のちに五兵衛と改める。

342

小早川乙之進

小早川式部,正保3年(1646)千石にて召しだされる。

先祖義兵衛・小早川式部,承応2年(1653)徒士に召しだされる。

その子,また同じ。

その子菌右衛門,徒士よりのちに百俵四人扶持中寄合となる。

その子三郎九郎・養子戸祭武右衛門(戸祭姓は三軒あるも,該当者の記述はなし戸祭へ)の子,膳番となる。

その子菌右衛門・養子七條林左衛門の子,大番組となる。

その子乙之進・養子吉原文太夫の弟,大番組となる。

343

小林忠左衛門

忠左衛門,元文2年(1737)物書よりのちに七石三人扶持賄頭となる。

344

小松八百次

先祖先山久圓,慶安2年(1649)茶道,のちに七十俵四人扶持茶道頭,初め久意という。

その子小松半太夫,新組代々鉄砲方,初め冨田彦左衛門という。

その子半太夫,惣領組より鉄砲奉行。

その子忠左衛門,同右鉄砲奉行。

その子文太夫,惣領組となる。

その子八百次,惣領組となるも不行跡に付き二人扶持御暇。


※ 養子縁組等先
  
松本孫次家   山口喜兵衛家?

345

高徳左衛門

先祖兵右衛門,酒井家より来る。本寿院様賄人五十石。

その子兵右衛門,また同じ。

その子六郎右衛門・養子安藤仁兵衛三男,惣領組与頭となる。

その子兵右衛門,惣領組となる。左衛助と改める。

346

香西四郎

先祖理右衛門・肥田半兵衛の六男,葛西村大政所植松彦太夫養子,貞享4年(1687)彦太夫高の内十六石くだされ大番組おおせ付けらる。

その子次右衛門,また同じ,

その子加藤兵衛,また同じ,

その子加藤兵衛・養子長谷川甚六の次男,また同じ。

その子四郎・養子加藤兵衛養方の弟,また同じ,寛政12年(1800)6月23日永の御暇となる。

347

香西新兵衛

新兵衛,先祖より代々鷹匠。

当新兵衛・養子阿賀次郎助の子,手鷹師となる。

348

香西惣右衛門

惣右衛門,大納戸手代より蔵奉行,留守居番組となる。

349

香西弥七郎

元祖弥七郎,初徒士寛文4年(1664)徒士目附後百俵四人扶持奥横目となる。

その子弥七郎,また同じ。

その子弥七郎,奥目附となる。

その子鉄三郎・養子中井繁蔵次男,馬廻番組となるも病気につき隠居する。

その子弥七郎・養子,七十俵四人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  片山五左衛門

350

幸田玄恕

玄恕,町医師のちに小寄合所にてお目見え。

351

国分七左衛門

先祖七平,水戸より御附,下館において二百石,初め七左衛門という。

その子七左衛門。

その子七左衛門,代々鎗奉行となる。

その子七左衛門・養子三宅兵太夫十太夫か?/の子,書院番組となる。

その子弥吉,大番組となる。

その子兵五郎・養子実弟,大番組となる。

その子七左衛門,大番組側小姓物頭となる。


※ 養子縁組等先
  鈴木亀太

352

児玉玄蔵

玄蔵,代々大久保家与力。

353

児玉三郎兵衛

父猪之助・老女・養子井上次兵衛の兄,惣領組,

その子三郎兵衛,小寄合となる。

354

後藤孫兵衛

元祖伊兵衛,水戸より御附,高松御入部二百五十石大番となる。

その子彦左衛門。

その子彦左衛門,幼少にて家督二百石となる。

その子十郎右衛門,大番組となる。

その子彦左衛門,横目となる。

その子孫兵衛,馬廻番組よりのちに物頭となる。


※ 養子縁組等先
  
笠井権之助家   川南勘太家   佐野忠三郎
  根本百助

355

後藤弥右衛門

先祖弥右衛門,初め公子頼母殿家臣,のちに元禄12年(1699)表へ召しだされ百石大番となる。

その子弥右衛門,百石大番のちに御暇下さる。

その子弥兵衛・号芝山,寛延3年(1750)召しだされて二十人扶持儒役中寄合のちに三十人扶持使番格となる。

その子弥右衛門,儒役二十人扶持使番格となる。


※ 養子縁組等先
  生駒矢柄

356

後藤与一左衛門

先祖与一左衛門,手代よりのちに大納戸となる。

その子又左衛門,日帳付より祐筆それより代々祐筆となる。


※ 養子縁組等先
  
江崎森助家   吉田弥助

357

駒井文右衛門

元祖文右衛門,下館において百五十石高松御入部以後三百石城附となる。

その子文右衛門。

その子文右衛門・養子鈴木久兵衛の次男,のちに奉行となる。

その子文右衛門,書院番組より横目大番組へ不座,のちに使番奉行となる。


※ 養子縁組等先
  大久保八六

358

近藤喜三郎

先祖武兵衛,肥田和泉与力,万治元年(1658)大森八左衛門与力,寛文8年(1668)久米六郎左衛門与力同11年作事奉行となる。

その子覚右衛門,大番組。

その子覚右衛門,また同じ。

その子八郎太夫,馬廻番組。

その子喜三郎,また同じ。

その子浅七郎・養子松崎万兵衛の次男,大番組となる。

359

近藤熊三郎

先祖孫之進,正保元年(1644)五十俵十人扶持大番組のちに二百五十石,初め大膳という。

その子孫之進,用人となる。

その子平太夫,持筒頭となる。

その子善右衛門,物頭となる。

その子平太夫,馬廻番組より横目郡奉行徒士頭格となる。

その子熊三郎,書院番組となる。


※ 養子縁組等先
  
加治五郎左衛門家   近藤茂理

360

近藤茂理

先祖幸左衛門,本家善右衛門同族,寛文8年(1668)開高二百石大番組,のちに御蔵米に直る。

その子惣太夫,与頭となる。

その子惣太夫,使番となる。

その子惣太夫・養子吉原文太夫の弟,与頭となる。

その子茂理,大番組のちに馬廻番組与頭使番となる。


※ 養子縁組等先
  吉原文太夫

361

近藤小又

元祖,その子家督二百五十石。

その子名跡相続・養子伊藤孫惣の弟,三十俵四人扶持留守居となる。

その子五郎太夫,初め徒士より惣領組のちに五十俵大番組となる。

その子小又・養子間瀬藤右衛門藤左衛門か/の次男,惣領組,のちに出奔し家断絶する。

362

近藤来蔵

先祖庄右衛門,万治元年(1658)五十俵留守居。

その子庄右衛門,七十石のちに作事奉行。

その子庄右衛門,奥目附となる。

その子庄右衛門,奥目附のちに百石御姫様御守堀三十郎(堀姓は三軒あるも,該当者の記述はなし堀へ)様の所に■■■

その子来蔵,家督百石御国勝手馬廻番組より小納戸となる。


※ 養子縁組等先
  近藤庄兵衛

363

近藤庄兵衛

父庄七・本家庄右衛門の弟,徒士目附となる。

その子庄兵衛,徒士目附となる。




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