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高松藩士由緒録 ≪か之巻≫
高松藩士氏名
高松藩士由緒録記載事項
232
香川忠三郎
寛保元年(1741),徒士より惣領組。
その子次郎太夫,徒士となる。
233
香川与右衛門
元祖理兵衛,元禄3年(1690)蔵手代。
その子理兵衛蔵,手代,後蔵奉行となる。
その子儀右衛門,大坂物書より後百俵四人扶持勘定奉行となる。
その子与右衛門,蔵奉行吟味人となる。
その子与右衛門・養子実弟,三十俵四人扶持小寄合より代官,後百俵四人扶持百俵役料郡奉行のちに大坂詰となる。
その子伊平太・養子宮武才兵衛弟,大番組となる。
234
筧助右衛門
元祖助左衛門,水戸より御附,下館において御奉公,寛永19年(1642)二百石大小姓後,三百五十石寺社奉行となる。
その子三郎太夫・養子間宮九郎右衛門次男。
その子助左衛門初め助四郎・養子入谷次左衛門/次郎左衛門か?/弟,書院番頭となる。
その子助左衛門,年寄となる。
その子助右衛門・養子渡部半太夫次男,側小姓後,馬廻番頭となる。
235
筧虎蔵
衛守吉左衛門・弟,徒士より小寄合,後三十俵四人扶持中寄合
その子虎蔵・養子,留守居寄合となる。
236
筧又蔵
先祖善右衛門,水戸より御附,下館において側小姓,高松御入部三百五十石旗奉行となる。
その子善右衛門,分知二百五十石となる。
その子又蔵・養子山本九郎右衛門弟,持筒頭となる。
その子又蔵・養子新名助右衛門(新名姓は二軒あり)弟,鎗奉行となる。
その子元輔,書院番組となる。
237
筧吉左衛門
先祖吉左衛門・筧善右衛門の次男。万治元年(1658)見習小姓,延宝8年(1680)分知百石となる。
その子善右衛門。
その子善右衛門,代々書院番組。
その子吉左衛門,書院番組より奥横目となる。
238
葛西俊庵
父益庵,宝暦8年(1758)五人扶持茶坊主格となる。
その子俊庵,十人扶持奥医師十五人扶持後二十人扶持となる。
239
葛西小弥太
父伝五・葛西俊庵の甥,大蔵様御部屋小姓惣領組並。
その子小弥太,また同じ。
240
笠井権之助
先祖喜左衛門,水戸より御附,下舘において百石,高松御入部二百石となり後二百五十石横目となる。
その子喜左衛門・養子後藤彦左衛門次男,家督百五十石受ける。
その子喜左衛門,切支丹奉行となる。
その子権之助,五十俵役料物頭となる。
その子,馬廻番組となる。
241
笠井次郎右衛門
笠井伝右衛門,下舘より後百五十石うける。孫伝右衛門は御暇となり家断絶する。
先祖次郎右衛門・伝右衛門同姓,寛永19年(1642)召しだされ側小性となる。のちに二百五十石寺社奉行となる。
その子次郎右衛門,奉行となる。
その子次郎右衛門,寄合番頭となる。
その子次郎右衛門,側小性後,用人となる。
242
笠川喜八郎
先祖佐平太,徒士目附。
その子佐平太,徒士。
その子喜八郎・養子,徒士目附となる。
243
梶市右衛門
先祖十郎右衛門,下舘において百石,高松御入部二百石となる。
その子十郎右衛門,門番頭となる。
その子また同じ。
その子市右衛門,持筒頭となる。
その子市右衛門・嫡孫,父権太夫出奔につき承祖,書院番組後,物頭となる。
244
加治五郎左衛門
元祖長右衛門,水戸より御附,下舘において百石,高松御入部二百石のちに二百五十石受ける。
その子長右衛門,馬廻頭となる。
その子五郎左衛門,奉行となる。
その子五郎左衛門,徒士頭となる。
その子千三郎・養子角田半右衛門三男,不行跡に付き知行召しあげらる。実家半右衛門,御預,養父五郎左衛門妻へ十人扶持下さる。
当五郎左衛門・亡五郎左衛門妻・養子近藤善右衛門三男,十人扶持下され大番組となる。のちに奥横目七十俵うける。
245
樫村孫九郎
孫九郎,初め帯刀様御部屋小性後,表側小性五十俵四人扶持奥目附となる。
246
樫村忠兵衛
父孫三郎・孫九郎の弟,大蔵様御部屋小姓惣領組並。
その子忠兵衛・養子,また同じ。
247
片岡愛三郎
父喜太郎,老女岡村養子。
その子愛三郎・養子吉川六左衛門三男,初め徒士より惣領組後奥目附五十俵四人扶持となる。
248
片岡伊八郎
伊八郎,大納戸手代,宝暦12年(1762)奥番。
249
片岡喜伝次
本家先祖忠左衛門,水戸より下舘御奉公,正保元年(1644)百石,星野宮内左衛門与力孫忠左衛門の代,家断絶する。
先祖三右衛門・忠左衛門族,寛文10年(1670)頬付方惣領組おおせつけられ代々惣領組となる。
父軍太・養子木村某(木村治右衛門と考えられる)の子。
その子喜伝次・養子栗原某の子。
250
片岡如軒
父玄僊,二十人扶持奥医師,
その子如賢,十人扶持後,二百石御ヒとなる。
251
片岡甫庵
甫庵,五人扶持茶坊主後十人扶持奥医師となる。
252
片山権内
父忠右衛門,代々大久保家家頼,後主計様御次男様付きになり七十俵くだされる。小納戸並みおおせ付けらる。
その子権内・養子,三十俵四人扶持惣領となる。初め織次という。
253
片山五左衛門
先祖五左衛門,寛文6年(1666)十人扶持百俵大番となる。
その子五左衛門,家督百石下され数寄奉行となる。
その子五左衛門,数寄奉行となる。
その子五左衛門・養子香西弥七郎次男,馬廻番組後小納戸となる。
254
片山佐次右衛門
父佐次右衛門,蔵手代渡辺文五郎(渡辺姓の記述はなく渡部姓は十軒あるも,該当者の記述はなし;渡部へ)同家,享保元年(1716)道具手代より蔵奉行となる。
その子佐次右衛門,勘定所並手代となる。
255
片山惣一郎
父治兵衛,手代より留守居寄合,
その子惣一郎,勘定所手代より蔵奉行並となる。
256
片山仁平太
父治助,徒士。
その子仁平太・養子伊藤権之丞次男,徒士のちに鷹匠となる。
257
勝橋平吉
曽孫平四郎,慶安年中(1648〜52),徒士後百石小納戸となる。
その子平四郎,奥目附となる。
その子平四郎,大番組。
その子六郎,馬廻番組。
その子作之助,大番組となるも早世。
その子滝次郎・養子新居平八次男。父作之助病死のゆえに知行御召しあげられる。のちに惣領組に召しだされ四人扶持を受ける。平吉と改める。五百目四人扶持となる。
258
桂市右衛門
先祖春江,寛文11年(1671),三百石医師。
その子良仙,百俵七人扶持本寿院様附。
その子市右衛門,小納戸となる。
259
加藤梶之助
先祖助右衛門,惣領組。
その子幸次郎・養子中村武右衛門次男,惣領組となる。
その子梶之助・養子高畑権兵衛次男徒士,のちに出奔,家断絶する。
260
加藤丈右衛門
父加右衛門,賄人より後,賄頭。
その子丈右衛門,賄人より留守居寄合となる。
261
加藤直次郎
先祖園左衛門,徒士,
その子郷右衛門,徒士小頭,
その子直次郎,徒士,江戸にて出奔,家断絶する。
262
加藤矢柄
先祖与次右衛門・加藤甚左衛門(加藤姓は矢柄家以外三軒あるも,該当者の記述はなし;加藤へ)同族,慶安元年(1648),道具奉行百俵四人扶持勘定奉行となる。
その子,その子矢柄・養子秋山平太夫/忠太夫か?/の次男,百俵四人扶持五十俵役料物頭となる。のちに内記と改める。
263
金沢次郎右衛門
次郎右衛門,徒士小頭。
264
兼康祐庵
元祖祐庵,水戸様医師,明暦元年(1655)金十両くだされる。召しだされ後百五十石,口中科代々奥医師となる。
その子祐庵,二百石。
その子祐庵,百五十石のちに五十石加増二百石となる。
その子柴庵,二百石,後祐庵と改め御ヒ格となる。
265
鎌田弥八郎
弥八郎主計様附惣領組並雷助と改める。のちに三人扶持くだされる。御暇となる。
266
上遠六太夫
元祖喜右衛門,水戸より御附,下舘において二百五十石受く。初め内蔵之助,又源五右衛門という。
その子武左衛門,寺社奉行となる。
その子六太夫,鎗奉行となる。
その子六太夫・養子熊田与兵衛三男,鎗奉行となる。
267
亀山七郎兵衛
先祖杢兵衛,延宝元年(1673)徒士。
その子杢兵衛徒士後,新組代々鉄砲方となる。
その子半三郎,惣領組。
その子孫左衛門・養子中條文兵衛(中條姓は三軒あるも,該当者の記述はなし;中條へ)子,また同じ。
その子七郎兵衛,惣領組より鉄砲奉行となる。
268
蒲生喜太夫
元祖加左衛門,正保3年(1646)二百俵のちに三百俵十人扶持郷徒士頭となる。
その子佐左衛門,百俵五人扶持門番頭,
その子佐左衛門・養子渡辺半右衛門次男,切支丹奉行となる。
その子佐左衛門,門番頭となる。
その子喜平太・養子川西孫八次男,馬廻番組より膳番となる。
269
河合七郎作
当七郎作,留守居番組より膳番,後大番組より路次預りとなる。
270
河合平之丞
元祖平兵衛,生駒出人,寛永19年(1642)三百石,後三百五十石奉行となる。
その子平兵衛,寛文6年(1666)二百五十石町奉行,後奉行となる。
その子平兵衛,留守居頭となる。
その子平兵衛,旗奉行となる。
その子平兵衛・養子香川郡百合村牢人河合永哲の子,物頭となる。
その子平之丞,馬廻番組後,側小性横目となる。
271
河田八兵衛
父藤助,宝暦8年(1758)十五俵三人扶持惣領組に召しだされ後,三十俵下さる。明石立左衛門(明石姓は三軒あるも,該当者の記述はなし;明石へ)流儀の棒火矢打。
その子八兵衛,惣領組となる。
272
川崎伊兵衛
本家川崎新左衛門,下館において徒士。
その子新左衛門。
その子金左衛門,家断絶。
父加兵衛,元禄16年(1703)徒士となる。
その子伊兵衛,奥番となる。
273
川崎勇蔵
勇蔵・主計様女中民野養子,主計様附惣領組並のちに御暇となる。
274
川田宗兵衛
元祖六左衛門,明暦元年(1655)駕籠頭。
その子六左衛門,新組後,鉄砲奉行代々鉄砲方となる。
その子六左衛門,惣領組与頭となる。
その子宗兵衛,惣領組となる。
275
川部的庵
的庵,十人扶持表医師に召しだされる。
276
川西孫八
先祖清右衛門,延宝7年(1679)賄人。
その子孫八,元禄14年(1701)蔵手代後百五十俵勘定奉行となる。
その子孫八,百五十俵大番組より大納戸後勘定奉行並となる。
その子喜助・養子杉山佐太夫弟,大番組となる。
277
川南勘太
本家川南三郎左衛門,下館において三百石高松御入部五百石大番頭となる。孫権右衛門子無く断絶す。初め瀬兵衛という。
先祖瀬兵衛・本家三郎左衛門次男,寛文11年(1671)分知,後二百石となる。
その子瀬兵衛・養子斎藤勘兵衛次男,寺社奉行となる。
その子瀬兵衛・養子後藤彦左衛門弟,寺社奉行となる。
その子勘太,書院番組となる。
278
川南理太夫
先祖段之丞・本家三郎左衛門の三男,元禄7年(1694)百石下され馬廻番組となるも本家断絶。
その子三郎左衛門,門番頭となる。
その子段之丞,門番頭となる。
その子理太夫,馬廻番組となる。
279
川村一郎兵衛
先祖茂兵衛,寛文2年(1662)召しだされ能役者太鼓。
その子伝左衛門,宝永4年(1707)道具奉行並となる。
その子茂兵衛,五十俵四人扶持小納戸となる。
その子一郎兵衛・嫡孫,父一郎兵衛出奔につき承祖し惣領組となる。
280
川村弥太郎
父茂右衛門・川村茂兵衛の三男,大蔵様御部屋小姓惣領組並。
その子弥太郎・養子,また同じ。
281
川村鍋三郎
父新次郎,奉行手代より後百俵四人扶持勘定奉行となる。
その子鍋三郎,七人扶持留守居寄合となる。新三郎と改める。
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