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高松藩士由緒録 ≪い之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

53

飯嶋瀧右衛門

先祖加左衛門,初め公子志摩殿騎馬,宝永6年(1709)表へ召しだされ大番組後,御暇くだされ元文元年(1736)再び三十俵四人扶持,公子鉄松殿抱守後,奥横目中寄合格となる。

その子小隼,世子中小姓後,側小姓早世。

その子加左衛門・養子,徒士より道具奉行となる。

その子瀧右衛門・養子,徒士となる。


※ 養子縁組等先
  飯嶋茂六

54

飯嶋茂六

先祖茂六・飯嶋加左衛門の弟,初め左近殿御家頼,享保20年(1735)表に召しだされ後,百俵四人扶持公子御守役,門番頭となる。

その子茂六,大番組。

その子茂六・養子飯嶋加左衛門の子,家督五十俵四人扶持大番組となる。

その子和五郎・養子谷左馬之助与力木田徳左衛門の三男,八石四人扶持留守居,茂六と改める。


※ 養子縁組等先
  中村丹下

55

飯沼久兵衛

久兵衛初め飯間宇右衛門というのちに飯沼九兵衛と改め,手代より寺社取次徒士,不座又蔵奉行,後,五十俵四人扶持,五十俵役料代官となる。

56

飯野佐兵衛

父佐兵衛,松平大学頭様御家頼,元文4年(1739)9月18日,源様御供として御家へ来る米百俵四人扶持側小姓となり,後二百五十石側用達となる。

その子佐兵衛・養子中村八太夫の弟,側小姓となり後,寄合頭となる。

その子,馬廻番組となる。

57

伊賀喜四郎

父八郎兵衛,千疋村百姓より小寄合となる。

その子喜次郎・養子甥,惣領組となる喜四郎と改める。

58

伊澤金五

先祖兵右衛門,寛文5年(1665)召しだされ祐筆となる。

その子金吾・養子八田久助弟,後二百五十石側用達となる。

その子金五・養子宮寺十郎左衛門宮寺姓は一軒のみ)の三男,二百石留守居頭となる。

その子文五・養子熊田与兵衛の次男,物頭。

その子幸八・養子稲沢藤九郎の三男,書院番組,後,金五と改める。

59

伊丹甚右衛門

甚右衛門,手代より蔵奉行並となる。

60

伊藤猪平太

先祖長右衛門,浪人,下館より高松に来り,寛永19年(1642)百石竹木奉行となる。

その子,その子伊太夫,家督相違なくのちに奥横目となるも御暇。

その子伊平太,惣領組に召しだされる。

その子伊平太・養子山田八郎兵衛の次男。


※ 養子縁組等先
  芦沢専吾

61

伊藤右記

先祖五兵衛,下館において徒士目附,高松御入部百五十石元金奉行。

その子庄左衛門,二百石城附。

その子庄左衛門,十五人扶持のちに百俵四人扶持。

その子右記。

62

伊藤佐五右衛門

佐五右衛門,徒士より徒士目附となる定大坂。

63

伊藤作兵衛

五大祖新之丞,寛永19年(1642)より代々鷹匠。

父権之丞,鷹師小頭となる。

その子作兵衛,鷹匠となる。


※ 養子縁組等先
  
伊藤庄助家   伊藤千助家   片山仁平太
  冨永直次

64

伊藤庄助

本家伊藤新之丞,別家代々鷹匠。

当庄助,鷹師となる。

65

伊藤千助

本家伊藤新之丞,別家

勘右衛門,延享4年(1747)開高三十石郷留守居寄合。

その子市五郎,京都において日矢数仕り,百俵大番組となる。

その子四郎三郎,十俵大番組となり,

その子千助・養子実弟,三十俵小寄合となる。

66

伊藤初之進

元祖与太夫,下館において二百石大番組。

嫡孫・民弥,早世する。

民弥弟・四郎右衛門,家督八人扶持百五十俵のちに二百俵となる。

その子与太夫,ゆえあって家督百俵となる。

その子四郎右衛門,大番組となる。

その子覚左衛門,大番組のちに側小姓となる。

その子初之進,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  
伊藤彦蔵家   師岡武助

67

伊藤彦蔵

父柳庵・伊藤四郎右衛門の弟,宝暦2年(1752),徒士に召しだされ同9年(銀)十枚四人扶持針医薬坊主のちに五十俵四人扶持医師となる。

その子彦蔵・養子伊藤四郎右衛門の四男,徒士となる後出奔し家断絶する。

68

伊藤文之進

先祖庄次郎,水戸御家頼,伊東玄蕃の族姑(カ)越後庄次郎を養子とする。

その子助左衛門,五十石加増,都合百五十石側用達となる。

その子庄次郎・養子大久保長左衛門の次男,切支丹奉行となる。

その子庄次郎,門番頭,彦九郎と改める。

その子文之進,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  高原喜平太

69

伊藤孫左衛門

元祖源右衛門,水戸より御附,下館において御奉公,高松御入部二百石,後二百五十石先手頭となる。

その子弥平左衛門,留守居頭となる。

その子孫惣,留守居頭となる。

その子孫惣・養子宮寺十郎左衛門宮寺姓は一軒のみ)の次男,持筒頭となる。

その子孫左衛門,書院番組与頭となる。

その子孫左衛門,養子・高畑要人の三男,書院番組与頭となる。


※ 養子縁組等先
  近藤小又家   新居房之助

70

伊藤与一兵衛

先祖与一兵衛,下館において徒士となり,高松入部し徒士目付となる。

その子与一兵衛,徒士。

その子与一兵衛,徒士より留守居。

その子与一兵衛・養子,徒士。

その子与一兵衛,徒士より徒士目付となる。

71

伊藤理齋

先祖佐五兵衛,足軽のちに細工人。

その子佐六,足軽のちに祐古と改める表坊主また禎悦と改める奥坊主,茶道,薬坊主玄甫と改める表医師となる。

その子理齋,薬坊主より十人扶持表医師となる。

その子玄甫五人扶持,また同じ。


※ 養子縁組等先
  
竹内保太郎

72

伊奈九十九

先祖より代々大久保家与力である。

73

伊奈九郎次

弥太夫・九十九同族,代々大久保家家頼後主計様附七十俵小納戸並みとなる。

その子九郎次・養子.惣領組並,後御暇,三人扶持くだされる。

74

伊庭弥左衛門

弥左衛門・伊藤藤太夫(伊藤姓は十二軒あるも,該当者の記述はなし伊藤へ)の末弟,惣領組に召しだされる。

75

池内五太夫

先祖五太夫,下館において寛文元年(1661)賄人。

その子五太夫,賄頭となる。

その子五太夫,徒士より留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  
池内伝右衛門

76

池内伝右衛門

先祖清兵衛,五太夫の族,英公の御代,蔵手代後,追放される。

その子善五郎,蔵手代,後用人手代となる。

その子伝右衛門,奥元締手代となり後吟味人となる。

その子吟次郎・養子谷口小右衛門小左衛門か?/の三男。

その子善蔵・養子渡辺文五郎(渡辺姓の記述はなく渡部姓は十軒あるも,該当者の記述はなし渡部へ)の弟。


※ 養子縁組等先(渡辺文五郎と関係する家)
  片山佐次右衛門

77

池内善次郎

善次郎,享保15年(1730)代官手代より郷普請奉行となる。

78

池内恒(軽)八郎

先祖父市左衛門,奉行手代。

その子軽八郎・養子大場宗悦(大場姓の記述なし)の子,奉行手代より吟味人となる。


※ 養子縁組等先
  
菊地八太夫

79

池内彦兵衛

先祖彦兵衛,八木弥五左衛門同家,下館において徒士のちに五十俵四人扶持門番頭となる。

その子弥一左衛門・養子松野右近右衛門松野姓は一軒のみ)の次男,三十俵四人扶持留守居となる。

その子彦兵衛初め弥惣,留守居のちに与頭となる。

その子彦兵衛・養子能勢小左衛門の次男,留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  池内弥當次

80

池内弥當次

父弥當次・三代目彦兵衛の弟,延享元年(1744)徒士に召しだされ惣領組後,三十俵四人扶持庭奉行となる。

その子弥當次,惣領組頬付方となる。

81

池田伊兵衛

父覚右衛門,初め代官手代より後,七十俵四人扶持,八十俵役料代官となる。

その子伊兵衛・養子大内郡百姓の子,七十俵四人扶持大番組より三十俵役料代官,後役料召し上げられ留守居寄合となる。

82

池田司馬太

司馬太・女中藤野養子藤野金太夫(藤野姓の記述なし)弟,徒士となる弥惣兵衛と改める。

83

池田専吉

宝暦9年(1759),清操院様附細川家より来る五十俵五人扶持奥元締並となる。

84

池田道益

先祖杏安,百五十石奥医師,

その子杏安・養子三宅林右衛門弟,五十俵四人扶持奥医師となる。

その子道益,五十俵表医師となる。

85

池田文泰

父玄丈,七人扶持表医師,御林御薬園預。

その子文泰・養子,五人扶持茶坊主となる。

86

池田茂左衛門

父庄右衛門,代官手代。

その子伝次郎,寺社方手代より寺社取次茂左衛門と改める。

87

生駒矢柄

元祖八郎兵衛,生駒讃岐守一正の甥,一正の養子となる実は猪熊大納言の子,一正母方の甥,生駒家没落後,京都に住居,京都において五人扶持下され中寄合となる。

その子卯左衛門,三十俵四人扶持下され御家に来る。

その子矢柄・養子中村彦三郎の弟,七十俵四人扶持門番頭となる。

その子矢柄・養子後藤弥兵衛の次男,書院番組より膳番となる。

88

石井新次郎

元祖仁右衛門,威公より御附,下館において七百石年寄役,高松御入部二千石下さる。

その子五郎右衛門,千三百石,書院番頭となる。

その子仁右衛門,千石馬廻番頭となる。

その子仁右衛門初め杢・養子実弟,五百石年寄となる。

その子孫兵衛・養子実弟,大番頭となる。

その子五郎右衛門,馬廻番頭,後大寄合となる。

その子新次郎,大番頭となる。


※ 養子縁組等先
  石井倉太家   彦坂浪江

※ 所属与力
  柘植与左衛門家   柘植助太夫
  辻弥内

89

石井倉太

倉太・新次郎の弟,銀二十枚四人扶持側小姓に取立てられ後,大番組となる。

90

石垣又三郎

元祖弥一左衛門,寛文9年(1669)大納戸手代後,大番組となる。

その子与一左衛門,享保19年(1734)七十俵四人扶持庭奉行,中寄合書院番組となる。

その子弥一左衛門・養子松浦弾次松浦姓は二軒あり)の弟,馬廻番組となる。

その子与輔,馬廻番組,又三郎と改める。

91

石川玄庵

先祖益庵,宝永2年(1705)召しだされ,十人扶持後百俵。

その子玄通,百五十石御匙(医師)後御暇となる。

その子玄庵,奥医師となる。

その子玄庵,十人扶持表医師となる。


※ 養子縁組等先
  
林小元太

92

石川段之進

先祖花悦,表坊主より茶道頭となる。

その子七郎太夫,徒士小頭となる。

その子段之進・養子宮寺伊右衛門宮寺姓は一軒のみ)の弟,徒士より郷普請奉行となる。

93

石川多吉

本家断絶,安左衛門・本家十太夫の次男,享保8年(1723)徒士に召しだされる。

その子安左衛門,徒士より後,蔵奉行となる。

その子多吉,小僧となる。

94

石川藤蔵

先祖徳左衛門,万治2年(1659)手代に召しだされる。

その子清六,公子一学様御家頼,のちに五十俵大番組に召しだされのちに永の御暇くだされる。

その子藤蔵,享保4年(1719)召しだされ後,七十俵四人扶持切支丹奉行となる。

その子彦五郎,五十俵四人扶持大番組,

その子藤蔵・養子七條金太夫の次男,三十俵四人扶持留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  倉知金弥

95

石河弥一兵衛

先祖,寛文元年(1661)新組に召しだされ後,頬付方役。

その子弥一兵衛,惣領組与頭。

その子忠吉,惣領組となる。

その子弥一右衛門・養子古高松村牢人片岡加門の次男。

代々頬付方惣領組,弥一兵衛と改める。

96

石野太郎太夫

先祖喜太夫,下館において百石,彦坂織部与力,高松御入部,二百石大番組。

その子藤四郎,旗奉行を継ぐ。

その子藤四郎,徒士頭となる。

その子太郎太夫・養子辻柳川の子,番組より横目使番,船奉行五十俵役料となる。


※ 養子縁組等先
  石野十蔵

97

石野十蔵

十蔵・太郎太夫同族,徒士より作事奉行,後留守居寄合となる。

98

石丸庄三郎

先祖善太夫慶安元年(1648)召しだされ二百五十石,

その子善太夫,奉行となる。

その子善太夫,五十石加増都合三百石の奉行,馬廻頭格となる。

その子庄三郎,物頭となる。

99

石丸如山

祖父如山・牛窪弥五兵衛次男石丸碧山(該当者の記述なし)弟の子,元禄12年(1669)牛窪勘兵衛与力の後,御暇くだされる享保19年(1734)四人扶持三十俵表坊主格として召しだされる。

その子如山,家督相違無く針医師となる後二百石となるのちに永の御暇くだされる。

その子如山,寛政12年(1800)7月五人扶持表医師として召し出される。

100

泉川富次郎

元祖治右衛門,寛文12年(1672)作事手代より後,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子治右衛門,百俵金蔵元締役となる。

その子治右衛門,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子治右衛門,大番組百俵となる。

その子富次郎,五十俵大番組富之助と改める。

101

板倉玄秦

祖父玄秦,元文4年(1739)召しだされる。

その子玄忠,二十人扶持奥医師。

その子玄秦十人扶持表医師となる。


※ 養子縁組等先
  
板倉十之進

102

板倉十之進

十之進・玄忠の弟,初め徒士のちに三十俵四人扶持小納戸中寄合となる。

その子。

103

一江清助

先祖喜左衛門,奥番。

その子茂左衛門。

その子菊八,徒士となる。

その子清助・養子今村五郎左衛門の次男,徒士目付より徒士,不行跡に付き改易となる。

104

市村甚八

先祖甚兵衛,下館より御附,高松御入部し百五十石勘定奉行となる。

その子甚内家督後早世し家断絶する。

三右衛門・甚兵衛三男,初め徒士後五十石公子帯刀様騎馬役となる。

その子三右衛門,同じく騎馬役,後大番組,後御暇くだされる。

その子三右衛門,のち開高二十石下され,大番組となる。

その子甚八,徒士。

その子甚弥,小僧となる。


※ 養子縁組等先
  倉田太郎左衛門

105

市村平八

祖父平八,札会所手代。

その子五左衛門,札会所手代より吟味人となる。

その子平八。


※ 養子縁組等先
  
秋山次三郎家   渡部勝兵衛

106

井手八太夫

先祖清益,寛文元年(1661)表坊主。

その子清益,表坊主となる。

その子甫筑,表坊主より後,三人扶持十石茶道頭となる。

その子八太夫,徒士より蔵奉行となる。

107

稲毛松之丞

五代祖権左衛門,下館において佐野八兵衛佐野忠三郎の祖先か?/与力百石,高松御入部二百石表に召しだされる。

その子又左衛門。

その子又左衛門・養子齋藤杢左衛門(齋藤姓は四軒あるも,該当者の記述はなし齋藤へ)の子,家督百石門番頭となる。

その子権左衛門,書院番組となる。

その子幾右衛門,書院番組。

その子松之丞,幼少につき家督七十俵大番組,勝弥と改める。


※ 養子縁組等先
  稲毛宇兵衛

108

稲毛宇兵衛

先祖十兵衛・本家権左衛門四男,万治3年(1660)世子の小姓後,三十俵五人扶持惣領組与頭となる。

その子宇兵衛,徒士より道具奉行となる。

その子十兵衛,手代より後,百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子宇兵衛,百俵四人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  沢井百助

109

稲澤五百城

元祖藤九郎,寛永20年(1643)勘定使,目見以上後,百五十石勘定奉行となる。

その子藤九郎・養子中堀弥次右衛門の三男。

その子藤九郎・養子岩田半左衛門の次男。

その子藤九郎,奥目付となる。

その子左衛太,馬廻番組となる。

その子五百城・養子実弟藤九郎六男,馬廻番組五十俵役料与頭となる。


※ 養子縁組等先
  伊澤金五家   羽原波之進家   鈴木幾江

110

稲田十郎左衛門

もとは蒲生家臣,元祖大蔵,寛永20年(1643)三百俵にて召しだされ後八百俵又五百俵百人扶持となる。

その子十郎左衛門,三百石,初め民部という。

その子左門,二百石下さる。

その子内記・養子白井惣兵衛の弟,百石門番頭となる。

その子十郎左衛門,側小姓のちに大寄合,初め数馬という。

その子十郎左衛門,書院番組,初め秀次郎という。


※ 養子縁組等先
  稲田外江

111

稲田外江

先祖求馬(平蔵,貞休)大蔵,初め主馬,次男正保4年(1647)召しだされ,五百石年寄となる。

その子求馬,年寄りとなる。初め主馬という。

その子求馬,年寄りとなる後,竹の間詰となる。

その子幾主米之助,書院番頭御用場見習後隠居する。

その子外江・養子実弟,年寄となる号省山という。

その子外江,家督百石減,四百石側小姓,惣領組頭となる。


※ 所属与力等
  横田左右衛門家   和木和助

112

井上吉郎兵衛

先祖治兵衛,寛文5年(1665)手代。

父玄俊,町医師。

その子次兵衛,はじめ大蔵様附小僧,後表に召され徒士,吉郎兵衛と改める。


※ 養子縁組等先
  井上多七家   児玉三郎兵衛

113

井上九右衛門

先祖九右衛門,明暦3年(1657)世子中小姓,のちに三十俵四人扶持膳番となる。

その子九右衛門・親九右衛門娘で公子帯刀様老女養命院の養子となり,初め徒士より後留守居番組となる。

その子九右衛門・養子川部村郷騎馬笠井甚兵衛弟,留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  早川森之助家   三守十次郎

114

井上郡助

先祖徳右衛門,御用達物書。

その子又兵衛,宝永元年(1704)奉行手代より後,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子又兵衛,大納戸,後大坂詰勘定奉行又京都留守居役五十俵役料となる。


※ 養子縁組等先
  
真部嘉兵衛

115

井上多七

先祖孫四郎・治兵衛の弟,享保7年(1722)代官手代。

その子六左衛門,手代より後,代官五十俵四人扶持五十俵役料。

その子多七・養子福家伝三郎三男,初め留守居寄合より蔵奉行代官後,小寄合五十俵四人扶持作事奉行となる。

116

井上丹蔵

元祖喜兵衛,英公御代大納戸手代となる。

その子善助,百俵四人扶持,百俵役料の郡奉行となる。

その子,御暇下さる。

その子善次,徒士より惣領組,後五十俵四人扶持側小姓となる。

その子丹蔵,五十俵四人扶持大番組となる。

117

井上弥一郎

父弥一郎,奉行手代より吟味人四十俵四人扶持元締役となる。

118

菴原民輔

民輔,代々大久保家の家頼,のちに主計様附留守居番組並,のちに三人扶持下され御暇となる。

119

今泉百蔵

元祖八郎右衛門,下館において召しだされ,高松御入部三百石奉行となる。初め市左衛門又,藤助という。

その子八郎右衛門・養子実弟,馬廻頭となる。

その子八郎右衛門,半知,中寄合おおせ付けられ御役知行さし上げる。

その子市左衛門,百石下され門番頭となる。

その子百蔵,馬廻番組となる。

その子藤八,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  
今泉万太夫家   今泉信蔵家   那須仲三郎

120

今泉万太夫

万太夫・今泉八郎右衛門の次男,宝暦7年(1757)徒士に召しだされのちに惣領組側小姓五十俵四人扶持使番格となる。

121

今泉信蔵

信蔵・市左衛門の次男,明和(1764〜72)の頃徒士として召し出され小寄合,のちに七十俵四人扶持中寄合鎗術師役となる。


※ 養子縁組等先
  田中小角

122

今木平六郎

先祖孫太夫,慶安元年(1648)徒士。

その子仁太夫,小僧よりのちに留守居となる。

その子理左衛門,徒士より惣領組膳番となる。

その子平六郎・養子餘悟甚五右衛門の弟,大蔵様附御部屋小姓惣領組留守居番組となる。

123

今木次郎兵衛

次郎兵衛・今木理左衛門の姉老女奇峰(大蔵様御実母)・養子,大蔵様附き,御部屋小姓惣領組となる。

124

今瀧太三郎

元祖太郎兵衛,生駒出人,寛永19年(1642)小姓として召しだされ後,二百石物頭となる。

その子太郎兵衛,三百石船奉行となる。

その子弥三郎,二百石書院番組となる。

その子喜藤次,幼少に付き家督十五人扶持のちに百石書院番組となる。

その子太三郎・養子綾田弥次兵衛の三男,書院番組となる。

その子千太郎,大番組となる。

125

今西友之助

先祖紹伯,元禄9年(1696)二人扶持七石うける。

その子栄仙,表坊主より後,繪師となる。

その子祐軒,小僧より絵師,のちに狩野祐軒と号す。

その子友之助,絵師となる。

126

今村五郎左衛門

元祖五郎左衛門,承応2年(1653)頃二百五十石の横目。

祖父今村五郎左衛門,徒士よりのちに膳番。

その子五郎左衛門・養子池領牢人萩野六左衛門の子,徒士となる。

その子五郎左衛門,徒士小頭のちに惣領組になる。


※ 養子縁組等先
  
一江清助家   中山所一郎

127

入谷要人

先祖八郎太夫,承応3年(1654)召しだされ後二百石奉行となる。

その子八郎太夫,奉行となる。

その子武兵衛,定府,奉行となる加増五十石,都合二百石となる。

その子要人・養子岡嶋左仲の弟,使番横目となる。


※ 入谷政八郎家と同族か?

※ 養子縁組等先
  横倉与次右衛門

128

入谷政八郎

元祖八郎太夫,生駒出人,寛永19年(1642)三百石にて召しだされはじめ小兵衛と改める又小左衛門と改める。

その子次郎左衛門,奉行となる。

その子次郎左衛門,寺社奉行となる。

その子小左衛門,養子間宮武右衛門の次男,寄合番頭となる。

その子小左衛門,使番となる。

その子政八郎,大番組となる。


※ 入谷要人家と同族か?

※ 養子縁組等先
  筧助右衛門

129

岩崎恒右衛門

享保19年(1734),小僧よりのちに惣領組となる。

130

岩佐民章

元祖栄仲,宝永5年(1708)召しだされ後,二百石御匙医師。

その子宗庵,五十俵京都弁姫様付,後高松に帰り奥医師となる。

その子民章,五人扶持表医師となる。

131

岩嶋左源太

先祖佐左衛門,元禄3年(1690)側小姓に召しだされ後二百石留守居頭となる。

その子主膳,側小姓より御用人寄合番頭,奉行,のちに四百五十石年寄となる号与五郎という。

その子左源太,家督,百石減三百五十石,側小姓用人奉行,五十石加増合わせ四百石小姓頭となる。


※ 養子縁組等先
  
岩嶋文吾家   岩嶋文八

※ 所属与力
  本木謙助家   山地瀧蔵

132

岩嶋文吾

文吾・主膳の次男,次小姓に召しだされのちに側小姓五十俵四人扶持,後七十俵四人扶持下さる。

133

岩嶋文八

文八・主膳の三男,次小姓に召しだされ後小寄合,金十両四人扶持となる。

134

岩瀬浅右衛門

浅右衛門,手代より賄人頭,奥目付となる。


※ 養子縁組等先
  
明石猪之助家   岩嶋文八家   谷本吉兵衛

135

岩瀬愛助

父徒士。

その子愛助・養子岩瀬浅右衛門次男,徒士となる。

136

岩田九助

父平右衛門,徒士。

その子九助・養子,徒士より小寄合柔術師役となる。


※ 養子縁組等先
  
久家又四郎

137

岩田半左衛門

先祖小左衛門,正保4年(1647)十五石祐筆,のちに百五十石となる。

その子半左衛門,用人となる。

その子次郎左衛門,物頭となる。

その子半左衛門,大番組与頭使番となる。


※ 養子縁組等先
  
朝比奈助次郎家   稲澤五百城家   山下万作

138

岩部喜次郎

喜次郎,徒士に召しだされ茂左衛門と改める。




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