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高松藩士由緒録 ≪ふ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

650

深井権左衛門

先祖又六,下館において奉行。

その子権左衛門,百五十石五十俵役料横目となる。

その子権左衛門,横目となる。

その子権左衛門,奥横目となる。

その子権左衛門,書院番組より五十俵役料横目物頭,徒士頭,用人奉行となる。


※ 養子縁組等先
  
深井太一家   深井綾之助

651

深井太一

先祖清兵衛・本家権左衛門政清の三男,貞享3年(1686)新組後,二十俵四人扶持庭奉行となる。

その子清右衛門,新組のちに御暇下され,後また宝暦4年(1754)五人扶持小寄合となる。

その子喜兵衛,二十人扶持中寄合,山鹿流軍学者。

その子太一,七人扶持小寄合となる。


※ 養子縁組等先
  中村彦蔵

652

深井綾之助

先祖林右衛門・本家二代目権左衛門次男。

天和2年(1682)惣領組のちに七十俵五人扶持奥目附となる。

その子林右衛門,家督相違無く奥横目中寄合となる。

その子林右衛門,(銀)五百目四人扶持惣領組のちに留守居番組となる。

その子綾之助・養子一宮村牢人松岡市兵衛の子,惣領組となる。

653

福原意伯

意伯,延享2年(1745)十人扶持医師に召しだされる。

654

福原軍兵衛

父左盛,惣領組与頭となる。

その子左吉,惣領組となる。軍兵衛と改める。

655

福家左一右衛門

先祖より代々徒士。

当左一右衛門,徒士目附。

656

福家四郎右衛門

四郎右衛門,大久保家郷騎馬,のちに大政所,焔硝製法致すに付き五両三人扶持下され,寺社取次の次にて御目見となる。

657

福家長三郎

長三郎,徒士に召しだされる。

658

福家半次郎

先祖五郎右衛門,初め町奉行所物書,正徳4年(1714)蔵手代のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子伝三郎・養子小嶋与五右衛門の弟,大番組となる。

その子茂一郎,家督七十俵大番組のちに百俵作事奉行となる。

その子半次郎・養子高嶋勘太夫(高嶋姓は四軒あるも,該当者の記述はなし高嶋へ)の弟,八石三人扶持留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  井上多七家   上原岡蔵

659

福家又四郎

先祖又四郎,明暦2年(1656)吟味人のちに百五十石代官となる。

その子四郎右衛門,百五十石大番組となる。のちに御暇下さる。

その子才蔵,宝暦7年(1757)開高十石郷大番となる。

その子又四郎,郷大番となる。

660

藤井千太郎

先祖惣右衛門,徒士よりのちに賄頭。

その子惣右衛門,徒士となる。

その子千太郎,徒士,のちに頬付鉄砲方惣領組となる。

661

藤井惣次郎

先祖五平次,元禄16年(1703)徒士となる。

その子五平次,徒士目附となる。

その子惣次郎,徒士目附ゆえあって帰番,安太夫と改める。

662

藤掛惣右衛門

先祖伊太夫,寛文8年(1668)百俵小姓に召しだされのちに三百石小姓頭となる。

その子惣右衛門,書院番頭となる。

その子伊太夫,奉行となる。

その子惣右衛門,側小姓より惣領組頭格となる。


※ 養子縁組等先
  
藤掛三太夫

663

藤掛三太夫

三太夫・惣右衛門の次男,宝暦8年(1758),定公の側小姓に召しだされのちに大番となる。

664

藤田信八

本家藤田安太夫,明暦(1655〜58)年中,谷忠右衛門平右衛門か/与力,のちに二百石となる。

その子四郎兵衛,御暇となり断絶する。

元祖九郎兵衛・安太夫の次男,寛文4年(1664)召しだされのちに百俵四人扶持門番頭となる。

その子九郎兵衛,また同じ。

その子官蔵,側小姓となる。

その子政次郎・養子伊奈伝左衛門(伊奈姓は二軒あるも,該当者の記述はなし伊奈へ)の弟,家督五十俵四人扶持大番組となる。

その子信八・養子本木惣太夫宗太夫か/の次男,大番組より奥横目となる。


※ 養子縁組等先
  中川万右衛門

665

藤村吉右衛門

本家藤村半左衛門,百石大番組,明和(1764〜72)年中出奔し断絶する。

父治兵衛・本家半左衛門伯母女中藤野・養子大内治兵衛大内姓は一軒のみ)の次男,享保17年(1732)惣領組のちに留守居番組となる。

その子吉右衛門・養子江川舎人与力渡部甚兵衛次男,徒士となる。

その子新兵衛,徒士となる。

666

藤村又左衛門

五代祖市兵衛,下館において徒士となる。

代々相続徒士。

父理兵衛,徒士目附のちに山林奉行となる。

その子又左衛門,徒士目附となる。

667

藤村又輔

先祖又六,頼母様の御家頼である。

その子宗睦,宝永2年(1705)表坊主のちに七十俵四人扶持茶道頭の上にて御目見となる。

その子又太夫,五十俵四人扶持大番組となる。

その子又輔・養子大内郡牢人岡村次左衛門の子,大番組となる。

668

藤本佐十郎

父与次郎,金蔵手代より後,金蔵元締,百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子佐十郎,七十俵四人扶持大番組より作事奉行勘定奉行のちに百俵四人扶持となる。

669

藤本文次

文次,寛政11年(1799)徒士に召しだされる。

670

二川玄長

玄長,町医師のちに小寄合所にてお目見え。

671

船橋嘉助

嘉助,水主より船手小船頭より後船与力となる。

672

古市直右衛門

本家古市加右衛門,寛文5年(1665)作事手代のちに成田内膳与力となる。

その子加右衛門,断絶する。

先祖直右衛門・本家加右衛門次男,元禄16年(1703)徒士のちに百俵四人扶持百俵役料郡奉行となる。

その子才右衛門・養子戸祭仁太夫の弟,代官となる。

その子順治・養子高篠村牢人古市平六の子,大番組となる。

その子平蔵・養子間瀬藤左衛門の子,馬廻番組となる。直右衛門と改める。

673

古市七九郎

七九郎,代々大久保家家頼,のちに主計様の小納戸,留守居番組並となる。

674

古岡次助

次助,手代より道具奉行となる。

675

古川市次

先祖市太夫,正徳4年(1714)射術を以て惣領組召しだされ五十俵四人扶持中寄合となる。

その子市太夫・三村七郎右衛門の弟,徒士よりのちに留守居番組となる。

その子市次,留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  小神野五郎右衛門

676

古郡六左衛門

六左衛門,百俵四人扶持百俵役料横目となる。

677

古田宗寿

宗寿,二十人扶持奥医師となる。

678

古谷喜次郎

元祖吉左衛門,下館より御奉公高松御入部買物使後百石代官となり,以来代々番組となる。

その子吉左衛門。

その子吉左衛門,病気に付き御知行さしあげる。

その子弥左衛門,十人扶持大番組。

その子吉左衛門・養子実弟,右に同じ。

その子喜次郎・養子森喜惣の次男,七人扶持留守居番組のちに彦三郎と改める。十人扶持となる。




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