表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ

他へ移る場合は,上のボタンをクリックしてください

高松藩士由緒録 ≪へ・ほ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

679

別所八郎兵衛

父別所九兵衛,香川郡百合村大政所,のちに小寄合の席にてお目見えとなる。

その子八郎兵衛・養子同姓加兵衛の子,大政所,享和元年(1801)3月,二十石持高の内十石くだされる。留守居寄合となる。

680

星伝五兵衛

伝五兵衛,徒士よりのちに作事奉行。

681

星野平左衛門

本家元祖平左衛門,嵯峨より御奉公,下館において二百石,高松御入部五百石のちに年寄となる。

二代目宮内左衛門,下館において二百石,高松御入部千石,後年寄となる。

三代目宮内左衛門,分知七百石後,御暇となる。

平左衛門・三代目宮内左衛門の弟,寛文11年(1671)分知三百石書院番頭となる。

その子兵左衛門,門番頭となる。

その子平左衛門,書院番組より門番頭となる。


※ 養子縁組等先
  
綾田七太夫家   矢代和太夫家   山下多之助

※ 与力
  片岡喜伝次

682

細谷七右衛門

先祖七右衛門,本寿院様附徒士。

その子七右衛門・養子。

683

細谷弥平次

父弥左衛門,宝暦8年(1758)開高三十石留守居寄合となる。

その子弥平次,留守居寄合のちに留守居番組後,開高三十石御蔵米に直し下さる。


※ 養子縁組等先
  
細谷理八

684

細谷理八

理八・弥平次の弟,惣領組に召される。後四十俵四人扶持砲術鍛練役となる。

685

堀多仲

元祖蔵人,承応元年(1652)召しだされ金三両七人扶持のちに三百五十石大番頭となる。

その子蔵人,側用達年寄四百五十石,百石加増都合五百五十石隠居の号松軒という。

その子蔵人,年寄となる。

その子多仲,側小姓より奉行,側用達又奉行,馬廻番頭格となる。


※ 所属与力
  
秋山九郎兵衛家   堀三吾家   堀酒造之進

686

堀三吾

父登・蔵人の次男,銀二十枚四人扶持側小姓として召しだされるが早世。

その子三吾,のちに次小姓として召しだされ後,大番組となる。

687

堀酒造之進

酒造之進・多仲の弟,銀二十枚四人扶持側小姓として召しだされる。

688

堀池弥惣左衛門

先祖半太夫,慶安3年(1650)二百俵書院番組に召しだされ後,三百石先手頭となる。

その子半太夫・養子蒔田九郎右衛門蒔田姓は一軒のみ)の子,貞享元年(1684)家督二百石。

その子弥惣左衛門,旗奉行となる。

その子弥惣左衛門・養子加治五郎左衛門の三男,家督百五十石後,五十俵役料旗奉行,五十石加増都合二百石となる。

689

堀田左内

元祖覚兵衛,慶安元年(1648)召しだされ後,三百石物頭となる。

その子武助・養子小笠原三助の次男,家督二百石物頭となる。

その子覚兵衛,旗奉行となる。

その子左内・養子実弟,馬廻番組となる。

690

発知左内

先祖四郎兵衛,明暦2年(1656)百石大番組。

その子四郎兵衛,馬廻番組となる。

その子吉兵衛,馬廻番組。

その子左吉・養子実弟,馬廻番組より奥横目となる。


※ 養子縁組等先
  
東條与一郎家   発知彦太夫家   渡部小三郎

691

発知彦太夫

父覚左衛門・四郎兵衛同家,元禄3年(1690),新組後大番組となる。

その子彦太夫・養子同姓四郎兵衛の弟,惣領組後五十俵四人扶持奥目付,後七十俵四人扶持となる。

その子彦五郎,五十俵四人扶持大番組となる。


※ 養子縁組等先
  東條与一郎



他へ移る場合は,下のボタンをクリックしてください

表紙へ  説明ページへ  前表へ  次表へ