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高松藩士由緒録 ≪は・ひ之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

621

萩谷宗太夫

先祖理右衛門,貞享3年(1686)新組に召しだされ代々鉄砲方となる。

その子理右衛門。

当宗太夫・養子松崎万兵衛弟,惣領組与頭となる。

622

蓮井千八

千八,手代より賄頭となる。

623

蓮井孫右衛門

先祖孫右衛門,初め足軽,元文元年(1736)上米手代。

当孫右衛門,手代より札会所詰吟味人となる。

624

長谷川多門

先祖作兵衛,元酒井家家士本寿院様の御供して御家に来る。三百石下さる。

その子多門・養子,百俵四人扶持百俵役料物頭となる。

その子多門,百俵四人扶持百俵役料物頭となる。

625

長谷川量助

先祖永寿(楽水),万治2年(1659)召しだされ金十両くだされ噺之者となる。

その子甚六,五十俵五人扶持御林守となる。

その子但見,百俵五人扶持役料五十俵側用人となる。

その子量助,馬廻番組,初め理三郎という。


※ 養子縁組等先
  
香西四郎

626

八田権四郎

先祖与次兵衛,寛文5年(1665)徒士。

その子久助,元禄9年(1696)徒士,のちに十五石四人扶持作事奉行となる。

その子久助・養子谷左馬之助与力藤目次左衛門弟,宝暦8年(1758)惣領組,後山林奉行となる。

その子権四郎,小寄合となる。


※ 養子縁組等先
  伊澤金五

627

早川森之助

先祖森之助,英勝院様より水戸様へ御奉公,承応元年(1652)松千代様中小姓,後七十俵四人扶持門番頭となる。

その子森之助。

その子森之助・養子井上九右衛門弟,惣領組与頭,のちに留守居となる。

その子之吉・養子鶴羽村大政所真鍋喜平太弟部屋住み,早死。

その子森之助,承祖,惣領頭となる。

628

林勘平

父安左衛門,初め小笠原三助与力,のちに開高三十石大番組となる。

その子勘平,小寄合となる。

629

林義右衛門

先祖孫左衛門,正徳4年(1714)賄人後七十俵四人扶持作事奉行所元締大納戸役となる。

その子孫左衛門,五十俵四人扶持,五十俵役料代官,牢人後再び召しだされ代官となる。

その子義右衛門,手代より吟味人,五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。


※ 養子縁組等先
  
芦沢平馬

630

林久兵衛

久兵衛,手代より吟味人となる。

631

林小元太

元祖彦左衛門,寛永19年(1642)江戸において召し出される。十石三人扶持勘定仕え後,百五十石勘定奉行,後用人となる。

その子彦左衛門,奥目付。

その子十郎左衛門,五十俵役料使番となる。実は石川玄通の弟。

その子彦左衛門,数寄奉行となる。

その子小元太,馬廻番組となる。


※ 養子縁組等先
  安積角太夫家   林与一左衛門

632

林与一左衛門

先祖文左衛門・本家元祖彦左衛門次男,貞享3年(1686)新組に召し出される。

その子与一左衛門,惣領組代々鉄砲方となる。

その子善太夫,惣領組。

その子与一左衛門はじめ月之助・養子川村茂助三男(川村姓は三軒あるも,該当者の記述はなし川村へ),惣領組与頭並となる。

633

林佐太郎

祖父長佐,表坊主より茶道。

その子佐左衛門,手代より後,五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子佐太郎,三人扶持となる。

634

林忠右衛門

父忠右衛門,徒士。

その子忠右衛門,また同じ。


※ 養子縁組等先
  
林勘左衛門

635

林勘左衛門

勘左衛門・忠右衛門の弟,初め大膳様附留守居番組並,のちに三人扶持下され御暇,その後徒士として召され徒士目付となる。

636

坂東忠左衛門

加一郎,手代より船作事奉行,のちに主計様附元締役格となる。忠左衛門と改める。

637

伴弥太郎

先祖善右衛門,元禄6年(1693)五石二人扶持蔵手代,のちに郷普請奉行となる。

その子茂次郎,御用所手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行所使番格となる。

その子弥七郎,大番組より後,勘定奉行使番格となる。

その子弥太郎,大番組百俵四人扶持となる。寛政12年(1800)8月23日五十俵召し上げられ蟄居おおせつけらる。

638

樋口八十八

先祖治兵衛,宝永3年(1706)内證手代となる。

その子忠右衛門,勘定所見習よりのちに蔵奉行留守居番組となる。

その子八十八,鉄砲方手代のちに徒士となる。


※ 養子縁組等先
  
中助造

639

彦坂浪江

元祖小四郎・彦坂織部の族,元禄3年(1690)召しだされ二百石書院番組のちに三百石書院番頭となる。

その子小四郎・養子石井仁右衛門の末子,家督二百石定府城附百俵役料奉行,のちに御国勝手奉行,のちに大寄合再奉行となる。

その子浪江・嫡孫,承祖家督二百石馬廻番組より横目帰役,のちに与頭,使番,寺社奉行となる。


※ 養子縁組等先
  松平甚五左衛門

※ 所属与力
  石野太郎太夫家   小神野五郎右衛門
  栗田清輔家   鈴木助之進
  塚田長太郎家   富岡二三
  水野喜三太

640

肥田幸十郎

元祖半兵衛・肥田和泉の孫。承応3年(1654)和泉禄の内三百石を下さる。のちに五十石加増年寄となる。

その子半兵衛,のちに五百石江戸年寄のちに御国勝手年寄となる。

その子半兵衛,大番頭となる。

その子幸十郎・養子横井新右衛門の次男,次小姓となる。


※ 養子縁組等先
  香西四郎家   横倉与次右衛門

※ 所属与力
  芦沢惣右衛門家   岡田十太夫
  小倉弾右衛門家   小野五一右衛門
  工藤郷太夫家   小泉仲
  近藤喜三郎家   鷺谷吉右衛門
  松田合左衛門家   吉田弥助

641

平井甚右衛門

先祖甚右衛門。

その子市次郎・養子野溝勘四郎の子,徒士となる。

その子甚右衛門・養子鴨部下庄村の大河原作左衛門の次男,徒士。

642

平尾熊太

熊太,持高十石下され郷留守居寄合に召される。

643

平尾善八郎

先祖一郎右衛門,町奉行預足軽となる。

その子弥一郎,元禄4年(1691)郷手代よりのちに七十俵四人扶持常久院様附となる。

その子弥一郎,家督小寄合のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子善八郎・養子桑田伊左衛門武右衛門か?/の子,大納戸となる。

その子善八郎,大番組となる。

644

平尾孫右衛門

孫右衛門,大工棟梁より大工頭となる。

645

平田伴吾

父久左衛門・樺嶋儀平太(樺嶋姓の記載はなし)の弟,享保19年(1734)徒士よりのちに定公側小姓となるもゆえあって惣領組,のちに五十俵四人扶持奥目附となる。

646

平塚十兵衛

父段六,町奉行預足軽となる。

その子十兵衛,初め帯刀様御部屋に仕え,のちに表へ召しだされ五十俵四人扶持側小姓のちに大番組となる。


※ 養子縁組等先
  矢野八郎家   山地勝左衛門

647

平山杢右衛門

先祖杢右衛門,下館において百五十石勘定奉行高松御入部二百五十石郡奉行以後代々鑓鎗奉行となる。

二代,三代,四代久右衛門。

五代藤八,家督百石大番頭となる。

六代杢右衛門・養子実弟,家督百石大番組,のちにョ儀公御部屋側小姓五十石加増合計百五十石側用人となる。また五十石加増二百石となる。

648

広瀬庄太夫

父庄太夫,手代より道具奉行となる。

その子伊助,金蔵手代となる。

649

広瀬直蔵

父辰六,主計様附惣領組となる。

その子直蔵,また同じ。謙助と改める。後御暇となる。




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