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高松藩士由緒録 ≪た之巻≫

 

高松藩士氏名

高松藩士由緒録記載事項

452

田岡文兵衛

父次朗兵衛,初め阿野郡大政所,延享4年(1747)開高十石くだされ留守寄合となる。

その子文兵衛,留守居寄合より奥横目となる。

453

田所又右衛門

元祖甚兵衛,下舘において中小性高松御入部百石。

その子甚兵衛,奥目附となる。

その子半蔵,馬廻番組となる。

その子又右衛門・養子山崎弥次郎三男,雄丸様附小性後,中寄合となる。


※ 所属与力
  田所伝蔵

454

田所伝蔵

父甚五兵衛・本家田所又右衛門同家,享保6年(1721)徒士より留守居,

その子伝蔵・養子,春光院様附奥徒士目附後,お国勝手留守居番組五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。願いによりまた留守居番組となる。

455

田中小角

先祖休安・中津川庄七弟,宝永5年(1708)草履取のちに茶坊主百俵四人扶持医師となる。

その子松峰・養子片山忠右衛門弟,宝暦7年(1757)十人扶持医師後二百石御ヒとなる。

その子松江・養子今泉信蔵三男,百俵大番組となる。小角と改める。

456

田中千之助

千之助,三人扶持くだされる。

457

田中伝之丞

先祖作兵衛,明暦元年(1655)二十石二人扶持式台後,二十石五人扶持能役者となる。

その子伝之丞,三人扶持後,留守居となる。

その子作兵衛,金五両三人扶持徒士となる。のちに留守居寄合となる。

その子作兵衛・養子庄浅右衛門次男,徒士のちに留守居寄合となる。

その子伝之丞・養子中西善内次男,徒士より鉄砲奉行となる。

458

田中伴助

父伴蔵,五十俵四人扶持大番組となる。

その子伴助・養子赤沢助右衛門次男,初め徒士目附奥横目,留守居番組となる。

459

田中弥惣

先祖八郎左衛門,元禄15年(1702)包丁人,のちに百俵四人扶持勘定奉行使番格となる。

その子,その子弥惣,幼少ゆえに明和2年(1765)四人扶持下さる。のちに五十俵四人扶持大番組のちに五百記と改める。七十俵四人扶持奥目附,姫様御守となる。

その子。

460

田村正助

正助,二十人扶持中寄合。

461

田山十郎兵衛

十郎兵衛,奉行所手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

462

高井幸八

元祖高井松斉,寛永19年(1642)茶道後百五十石茶道頭となる。

その子千之助,家督百五十石早世し,次男三郎太夫,五十俵五人扶持くだされ召しだされる。世子御伽後,惣領組与頭大番組となる。

その子幸八,惣領組後,留守居番組後三十俵四人扶持大番組となる。

463

高岡善左衛門

先祖善左衛門,老女養子,寛文8年(1668)小性に召しだされ後,七十俵五人扶持惣領組となる。

その子権平,惣領組与頭後,留守居番組。

その子善左衛門,徒士のちに道具奉行ゆえあって御暇くだされる。帯刀御取り上げ在宅。

464

高尾十右衛門

元祖弥一右衛門,英公御代郷士,父善右衛門蔵手代後,蔵奉行となる。

その子十右衛門,十人扶持小寄合小納戸並十五人扶持となる。

465

高木文五郎

先祖文右衛門,元禄元年(1688)船手物書,のちに賄人となる。

その子文助,正徳4年(1714)賄人のちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子文次郎,百俵大番組のちに蔵奉行となる。

その子文五郎,馬廻番組のちに蔵奉行ゆえあって蟄居追って御免,七両三人扶持くだされる。留守居寄合となる。のちに不行跡に付き改易家断絶する。

466

高嶋小左衛門

祖父小左衛門,町奉行詰足軽よりのちに大坂詰蔵手代となる。父小左衛門,手代よりのちに五十俵四人扶持大坂詰蔵奉行となり,

その子幸蔵・養子谷本伝左衛門三男,三十俵四人扶持留守居寄合,のちに小左衛門と改める。

467

高嶋甚左衛門

元祖甚左衛門,寛永20年(1643)百石代官のちに二百石郡奉行となる。初め善兵衛という。

その子甚左衛門,物頭となる。

その子甚左衛門,物頭となる。

その子加藤太・養子奥山彦兵衛次男,物頭となる。

その子甚左衛門,馬廻番組より側小性となる。


※ 養子縁組等先
  太田三吾家   高嶋七五郎

468

高嶋七五郎

七五郎・高島嘉藤太同家高島十右衛門実子,宝暦4年(1754)徒士に召しだされ奥番となる。

469

高嶋助八

先祖庄兵衛,寛文4年(1664)新組のちに三十俵五人扶持。

その子十右衛門,賄人より五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子十右衛門,徒士。

その子助八,惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  
高嶋七五郎

470

高橋喜左衛門

喜左衛門,先祖喜左衛門より代々馬乗。

471

高橋平九郎

平九郎,二十俵四人扶持元締格大蔵様附。

472

高橋孫四郎

孫四郎,惣領組

473

高橋万右衛門

先祖市郎左衛門,手代よりのちに大納戸となる。

その子市郎左衛門,大納戸手代となる。

その子万右衛門,奉行手代より吟味となる。

その子市郎左衛門・養子国方金四郎三男,作事手代となる。


※ 養子縁組等先
  雨宮原兵衛

474

高畑義十郎

代々,郷騎馬役。

当矢一右衛門,留守居寄合,

その子義十郎,三宅伊織与力となる。

475

高畑吉右衛門

先祖市太郎,延宝6年(1678)召しだされ宝永4年(1707)開高三百石使番となる。正徳元年(1711)御蔵米直る。

その子要人,寄合番頭となる。

その子要人,寺社奉行となる。

その子吉右衛門,書院番組より使番となる。


※ 養子縁組等先
  
伊藤孫左衛門家   杉山佐太夫
  鈴木忠左衛門家   松野伊太夫
  山内関蔵

476

高畑権兵衛

先祖権兵衛・那珂郡大政所甚七の子高畑市十郎,初め大政所,享保16年(1731)開高百石大番組。

その子内記,また同じ。

その子権兵衛・養子大久保長左衛門次男,また同じ,半知五十石に成る,蟄居す,追って御免となり大番組,後地方知行御蔵米に直る。


※ 養子縁組等先
  加藤梶之助

477

高原喜平太

元祖六郎右衛門・直嶋領主高原寿徳族,寛永19年(1642)二百石大番組に召しだされる。

その子七右衛門,二百五十石惣領組頭となる。

その子七右衛門,寺社奉行となる。

その子七右衛門,寄合番頭となる。

その子内記・養子伊藤助左衛門次男,奉行となる。

その子喜平太・養子養方弟,次小性後,持筒頭となる。


※ 養子縁組等先
  高原通玄

478

高原通玄

通玄,本家高原七右衛門同族,初め十人扶持表医師,のちに百五十石御ヒとなる。

479

高見小太夫

先祖兵左衛門,生駒出人という,承応3年(1654)十石三人扶持塩代官となる。

その子清兵衛,手代よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子清兵衛・養子林助右衛門(林姓は八軒あるも,該当者の記述はなし林へ)の三男,家督相違無く書院番組,のちに二百石城附用人となる。

その子小太夫,用人となる。後,帰役大寄合となる。

その子清兵衛,使番となる。

480

多賀義右衛門

先祖儀右衛門,万治(1658〜61)年中徒士四人扶持九両徒士小頭,後留守居となる。

その子儀右衛門,徒士目附のちに奥目附となる。

その子宇太夫,徒士目附。

その子義右衛門・養子岡見茂八郎弟,徒士目附,ゆえあって改易家断絶となる。


※ 養子縁組等先
  国方作兵衛家   山田丹蔵

481

多期義左衛門

先祖多期善兵衛,寛永20年(1643)賄人後,百石賄頭となり大坂行き船中にて自殺する。

清水八太夫・善兵衛弟,万治元年(1658)賄人のちに八両四人扶持大殿様番組となる。

その子八太夫,宝永5年(1708)大番組四人扶持後御暇となる。

その子義左衛門,寛保元年(1741)徒士に召しだされ徒士目附,奥目附,御姫様御守になり百五十石くだされる。右近将監様に仕えのちに御国の勝手即就院様御守物頭格となる。


※ 養子縁組等先
  篠原九兵衛

482

多田善太夫

徒士より徒士目附。

483

多田忠八

先祖忠八。

その子忠八,金蔵手代より元締役となる。

その子忠八,奉行手代より吟味人徒士,不座後,道具奉行となる。

その子。


※ 養子縁組等先
  
遠山平兵衛

484

瀧市太郎

元祖山口又右衛門,下舘にて御奉公。

その子滝太郎兵衛,寛文5年(1665)包丁人のちに留守居となる。

その子五郎太夫,日帳附後,百俵四人扶持勘定奉行のちに大番となる。

その子五郎太夫,五十俵四人扶持大納戸となる。

その子五郎太夫,五十俵四人扶持五十俵役料代官となる。

その子市太郎,十石三人扶持留守居寄合となる。


※ 養子縁組等先
  
熊岡辰三郎家   松尾孫六

485

瀧小八郎

先祖滝吉之丞,万治元年(1658)百五十俵十人扶持中寄会となる。

その子貞右衛門・養子戸田十郎左衛門六男,家督百石後中寄合となる。

その子頼母,側小性後,側用人格,命により戸田と改める。

その子小八郎・養子山下太兵衛三男,願いによりまた滝に改める。側小性のちに百俵役料物頭となる。後,頼儀公御守百石加増都合二百石,百俵役料滞府江戸小性頭側用達のちに御国勝手馬廻番頭となる。ゆえあって役料召し上げられ閉門おおせつけられる。追って御免となり大寄合より寄合番頭となる。


※ 養子縁組等先
  山下万作

486

瀧川八郎太夫

先祖藤左衛門,延宝4年(1676)召しだされ百俵二十人扶持京都留守居となる。

その子助次郎,百俵十人扶持京都留守居のちに二百五十石惣領組頭となる。

その子八郎太夫,百俵役料小姓頭となる。

その子八郎太夫,馬廻番頭となる。

その子助次郎,側小姓となる。


※ 養子縁組等先
  
三守清左衛門

487

竹井只之助

元祖蔡庵,三百石儒医寺社奉行兼帯,初め玄信という。

その子八郎兵衛・養子,二百石書院番頭となる。

その子八郎兵衛,横目となるものちにゆえあって断絶する。金左衛門・蔡庵実子,百石のちに二百石となる。

その子金左衛門,二百石物頭となる。

その子卯内,使番となる。

その子只之助,大番組となる。


※ 養子縁組等先
  
富岡二三

488

竹内杢之助

元祖藤太夫,寛文6年(1666)新組,後七十俵四人扶持大番組剣術師役となる。

その子兵太夫,惣領組となる。

その子原太夫初め藤一郎,惣領組のちに七十俵四人扶持中寄合となる。

その子杢之助・養子三枝平太夫五男,五十俵四人扶持惣領組となる。


※ 養子縁組等先
  竹内保太郎

489

竹内保太郎

竹内藤太夫・本家兵太夫の弟,宝永4年(1707)徒士のちに惣領組となる。

その子藤太夫,初め徒士のちに惣領組となる。子無く血脈絶える。

父佐六郎・伊藤玄甫の子藤太夫の弟の子の内,小具足鍛練に付き命により竹内と改め徒士に召しだされ,のちに惣領組となる。

その子佐六・養子甥,初め徒士,後惣領組。

その子保太郎・養子実弟,三人扶持をうける。

490

竹内佐太郎

先祖治左衛門,元禄元年(1688)賄人,後百俵四人扶持勘定奉行奥目附格となる。

その子治左衛門,百俵大納戸となる。

その子左太郎・養子岡坂佐右衛門(岡坂姓は一軒あり,あるいは岡沢右衛門の誤りか?;岡坂へ 岡沢右衛門へ)次男,大番組となる。与四郎と改める。


※ 養子縁組等先
  中津川勘蔵家   野原三兵衛家   森川金吾

491

竹内善十郎

善十郎,初め大内宗四郎という。のちに竹内と改める。留守居寄合に召しだされる。

492

竹垣官之丞

元祖又六,下舘より御供高松御入部百五十石五十俵役料物頭となる。初め六兵衛という。

その子六兵衛,物頭。

その子,馬廻番組。

その子又左衛門,使番となる。

その子又左衛門,馬廻番組与頭となる。

その子官之丞,大番組与頭五十俵役料下さる。


※ 養子縁組等先
  
倉知金弥

493

竹村与右衛門

元祖与右衛門,のちに土路入,承応2年(1653)二百石大番組に召しだされる。

その子与右衛門,家督百五十石大番組となる。

その子与右衛門,徒士頭となる。

その子与右衛門,持筒頭となる。

その子与右衛門・養子嶋辰樹三男,大番組五十俵役料与頭となる。

494

武田三的

元祖騨右衛門,承応3年(1654)中小姓のちに五十俵五人扶持大番。

その子三的,享保14年(1729)十人扶持医師となる。

その子柳的外科となる。

495

橘尚貞

尚貞,十人扶持表医師。

496

谷左馬之助

元祖谷平右衛門,元来保科家士,正保元年(1644)源威公に召しだされ七百石くだされ後千石年寄役。

その子将監,二千五百石大老となる。

その子式部,二千石大老となる。次男蔵人分知五百石兄死後千石後,永の御暇。

その子左馬之助,初め直馬,延享元年(1744)三十人扶持召しだされ後,三百石大番頭となる。

その子三郎助,鎗奉行となる。

その子左馬之助・養子実弟,初め次小性,のちに馬廻番頭,百石加増都合四百石年寄となる。


※ 養子縁組等先
  
吉原文太夫

※ 所属与力
  久保庄助家   藤田信八

※ その他関係先
  飯嶋茂六家   江崎森助家   八田権四郎
  横井新右衛門

497

谷口藤左衛門

先祖小左衛門,足軽。

その子理左衛門,足軽。

その子小左衛門,享保17年(1732)寺社手代より寺社取次,留守居番組となる。

その子文次郎,用人手代のちに吟味人百俵四人扶持勘定奉行となる。藤左衛門と改める。


※ 養子縁組等先
  
池内伝右衛門

498

谷本宇兵衛

先祖市郎右衛門,万治3年(1660)世子中小性後公子図書様御家頼となる。

その子市郎右衛門,宝永元年(1704)世子中小性のちに銀五百目四人扶持永之助様御抱守となる。

その子宇兵衛,徒士目附となる。

499

谷本伝左衛門

父伝左衛門,正徳4年(1714)郷会所見習よりのちに百俵四人扶持勘定奉行となる。

その子伝左衛門家督百俵大番組後,大納戸となる。


※ 養子縁組等先
  
高嶋小左衛門家   谷本吉兵衛

500

谷本吉兵衛

父吉兵衛・本家伝左衛門弟,手代よりのちに蔵奉行。

その子吉兵衛・養子岩瀬浅右衛門弟,船作事手代。

その子藤三郎,蔵手代,吉兵衛と改める。

501

谷本芸斎

本家九郎右衛門,万治(1658〜61)年中,召しだされる。

孫の茂八郎,世子徒士となる。

先祖家督,宝永元年(1704)城代与力後,八人扶持針医師。

その子周益,五十俵四人扶持針医師。

その子芸斎,十五人扶持針医師となる。

502

谷本綱蔵

元祖善助,承応元年(1652)徒士後五十俵四人扶持公子図書様附後百石下さる。

その子善助,惣領組召しだされ,家督百石奥目附となる。

その子半,側小性

その子善助・養子同性牢人谷本石流子,膳番後使番格となる。

その子綱蔵,留守居番組となる。


※ 養子縁組等先
  赤木左内家   戸田軍太

503

谷本忠八郎

忠八郎,徒士。

504

玉井丹次

元祖三郎右衛門,親量院様弟,天和2年(1682)十人扶持二百俵中寄合,元禄9年(1696)三百石後五百石になり大番頭年寄となる。

その子直樹,年寄となる。

その子三郎右衛門・養子大須加小兵衛次男,大番頭となる。

その子丹次,側小性のちに大番頭御用場見習,三郎右衛門と改める。年寄となる。


※ 養子縁組等先
  榎本百助

505

玉木貞次

貞次,主計様附惣領組並留守居番組のちに御暇となる。

506

玉越桂翁

父之閑,宝永3年(1706)二百石御ヒ

その子桂翁,二十人扶持奥医師となる。

507

玉越玄意

玄意・桂翁弟,七人扶持表医師となる。




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