歴史よろず庵   〜 平成14年10月掲載分

   本ページは平成14年10月15日発行の『広報たかまつ』に掲載したものです。


 

       六十余州名所図会 讃岐象頭山遠望

 今回の資料は「東海道五十三次」の作者として有名な歌川(安藤)広重(1797〜1858)が嘉永6年(1853)から安政4年(1857)に描いたもので、「六十余州名所図会」というシリーズ物の一枚です。
 象頭山を金毘羅街道より遠望した風景を描いており、左右からの霞が山の姿を象のイメージに浮び上がらせています。その手前にはのどかな田園を描き、最も近景には峠道を行く旅人を描いて画面をまとめています。庶民の金毘羅参けいを題材にした錦絵です。
 金毘羅信仰は江戸時代からだんだん盛んになったようで、讃岐の国内は金毘羅街道が整備され、全国各地からの参けい人が琴平へと集まってくるようになりました。嘉永・安政年間(1848〜60)になると、江戸方面からの参けい人は志度に上陸し、高松を経て琴平へ至る街道を利用することが多くなったそうです。現在でも所々に金毘羅燈篭が残されており、多くの人々が琴平への道を往来したことがしのばれます。

『六十余州名所図会〜讃岐象頭山遠望〜』歌川広重筆

平成14年10月15日掲載


下記をクリックすれば前月か翌月に移れます。

前月の頁へ       翌月の頁へ