歴史よろず庵   〜 平成13年10月掲載分

   本ページは平成13年10月1日・15日発行の『広報たかまつ』に掲載したものです。


 

       秋津百景詠歌 〜二代市長・小田知周の著作〜

 今回紹介する資料は二代高松市長・小田知周の『秋津百景詠歌』と呼ばれるものです。
 小田知周は、戦前の市長で最も長い十二年間(明治29年〜同41年)市政を担い、在任中に高松築港建設の工事を起こし、現在の高松市繁栄の基礎を築いた功労者です。市長就任前に市会議員・県会議員を、退任後には国会議員も勤め、また、市長退任直後には、商業会議所の会頭に就任しています。
 その一方で、四国新聞社の前身である香川新報社を起し、琴電長尾線の前身・讃岐電気軌道株式会社の社長や、百十四銀行の重役を勤めるなど、初期の高松市における政治・経済の指導者といえます。
 『秋津百景詠歌』は、小田知周・晩年の作品で、日本の代表的風景百カ所(二見浦や天橋立、厳島など)を選び出し、自身の歌で綴っています。資料には屋島が描かれ、その裏にはもののふの射いるやしまの名も高くひびきのこれりたたかいのあと」などの三つの歌が詠まれています。
 この資料から、小田知周が政治や経済以外にも高い文化的素養を兼ね備えていたことが分かります。

 
小田知周 秋津百景 屋島

平成13年10月1日掲載



 

       扇面流屏風 〜波に舞う扇の風情〜

 月に照らされた水面に,まばゆい金銀の扇面(せんめん)があっちを向きこっちを向き,ゆらゆら流されてゆく・・・。本図はそういった風雅な情景を描いたものです。
 波をデザイン化した波涛図(はとうず)を背景に,本図のような各所に扇面を配した構成を持つ絵画を,扇流し図といいます。現在は六曲一隻(ろっきょくいっせき)の状態で伝わっていますが,画面左上部に描かれた月のモチーフから,元来は太陽のモチーフ入りの半双(はんそう)を伴った一双の日月屏風(じつげつびょうぶ)であったとも考えられます。
 扇面画を詳しく見ていくと,源平合戦の直実・敦盛や草花,布袋(ほてい)と唐子(からこ)または平安公達といったように,和漢の様々な主題が表現されていることがわかります。画風には,狩野派の趣が感じられます。
 背景は波や金雲,漢画風建造物や山々などです。画面全体を波だけで埋めてしまわず,左上部に山水表現と月とを盛りこんだところに,本図の特徴があります。
 扇面画と背景の筆遣いが一致しないことから,全てを同一人物の筆によって描いたというよりも,複数の画家による狩野派の工房作と考えられます。
 この屏風は三谷町通谷(とおりだに)の漆原家から寄贈され,制作時期は江戸時代前期(17世紀頃)と思われます。

扇面流屏風
部分T 部分U 部分V

平成13年10月15日掲載


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