歴史よろず庵   〜 平成14年2月掲載分

   本ページは平成14年2月1日・15日発行の『広報たかまつ』に掲載したものです。


 

       雪中鴛鴦図(せっちゅうえんおうず)

 鴛鴦とは、オシドリのことです。オシドリは「鴛鴦の契り」というたとえがあるように、夫婦が非常に仲のよい水鳥です。秋冬にかけての雄の飾羽は大変優美で、厳しい冬空の下ではいっそう美しく清らかなものと映ります。
 画中のオシドリはつがいで、雪の中で身を小さくして寄り添っています。背景は、薄墨をひいて絹地を白く塗り残すことで、雪を表現しています。
 作者は、亀井東渓(かめいとうけい/1748〜1816)という高松南新町出身の絵師です。讃岐においては、長町竹石(ながまちちくせき)とともに文人画の双璧をなした人物で、竹石と共に京および長崎に出て絵を学び、高松松平家八代藩主ョ儀(よりのり)にとりたてられたと伝わります。
 画面上部には、柴野栗山(しばのりつざん/1736〜1807)が賛を書いています。栗山は、讃岐出身の高名な儒学者で、「寛政の改革」で知られる松平定信(1758〜1829)に登用されて活躍しました。「寛政の三博士」の一人として知られています。本図は、讃岐出身の二人が共演しているという点でも貴重な作品です。

※この作品は、1月26日(土)から歴史資料館で開催中の特別展「近世の高松画壇」で展示します。この機会にぜひご覧ください。

雪中鴛鴦図

平成14年2月1日掲載



 

       富士見業平図(ふじみなりひらず)

 『伊勢物語』第九段「東下(あずまくだり)」に、よく知られている次のような一節があります。
 「昔、男(藤原業平/ふじわらのなりひら)がいた。その男、我が身を無用のものであると思って、都を出て東方の片田舎に移ろうと旅をしていた。(中略)一行は、富士山の見える場所にさしかかり、五月の末頃だというのに、山頂に白く雪が積もっているのを目にし、『時しらぬ山は富士の嶺(ね)いつとてか鹿子(かのこ)まだらに雪のふるらむ(時期をわきまえない山は富士の山だ。いったい今をいつと思って鹿子まだらに雪が降り積もったままでいるのだろうか)』と歌を詠んだ。」
 江戸時代にはこの富士見業平を題材にした絵画がよく描かれました。また、『伊勢物語』に限らず、平安時代の文物・遊びなどが人々の間でもてはやされた時代でもありました。
 作者の森良敬(もりりょうけい/1810〜79)は、江戸時代後期の絵師で、土佐派(日本の伝統的絵画法)の絵画を学んだといわれます。また、良敬と父の東溟(とうめい)、子の直樹は、親子三代にわたり高松藩に画技をもって仕えた一家でした。

※この作品は、1月26日(土)から歴史資料館で開催中の特別展「近世の高松画壇」で展示します。この機会にぜひご覧ください。

富士見業平図

平成14年2月15日掲載


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