ミニ年表 ★049

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『林村に飛行場が造られる』


林町にあった高松空港は,終戦間際に造られた飛行場が始まりであった。
飛行場建設については,
昭和18年に築港沖合いの海面を埋め立て造る案があったが,
ときの県知事の反対によって頓挫した経緯があった。
その後,林村等に決定した。
飛行場建設の経緯について見ていこう。

 ◆ 昭和19年1月23日
県庁を訪れた陸軍省航空本部係官によって飛行場設置が木田郡林村等に決定との連絡がある
関係町村 川島町 林村 三谷村 多肥村
林村 対象区域内の関係者調査を実施

 ◆ 同月28日
林国民学校講堂に関係者が集められ,軍より正式に立退きの通達
関係者400人 承諾の調印
林村の移転数
全戸数約600戸のうち275戸(民家は263戸)
土地 270町歩のうち180町歩(村全体の半分にも及ぶ)

 ◆ 同年2月1日
県知事等,林村に来村 関係者一同に感謝を込めた挨拶
移転関係の手続きを行う
買収価格の決定 移転先の決定 移転家屋の工事

 ◆ 同年3月中頃
個人住宅263戸の移転先決定
村内移転145戸 村外移転118戸
移転にともなう家財道具の運搬は荷車

 ◆ 同月18日
高松市より民家移転作業の勤労奉仕隊が出動

 ◆ 同年4月中旬
東西方向の滑走路が急ぐため該当戸の移転完了

 ◆ 同月30日
高松市より民家移転作業の勤労奉仕隊の出動の終り
勤労報国隊,男子中等学校以上の学徒動員等が引き続き勤労奉仕
勤労奉仕者
高松市民をはじめとした各市町村民・学生の動員

 ◆ 同年6月頃
家屋の移転完了

 ◆ 同年8月
滑走路の完成
飛行機の初の着陸
当初,南北方向・東西方向の滑走路が計画されていたが,完成したのは東西方向だけである

 ◆ 同年9月
明野飛行隊高松教育隊の設置
飛行訓練はじまる

 ◆ 昭和20年7月22日
高松飛行場初空襲
勤労奉仕中の一般人に死傷者

 ◆ 同月24日 午前5時?
高松飛行場空襲
由良山北側に爆弾が投下される

 ◆ 同日 午後1時30分
高松飛行場空襲
敵機延100機 死者14人
この空襲にも,高松飛行場の飛行機は迎撃しなかった

「高松空襲戦災誌」より

  
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