ミニ年表 ★047

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『言論と表現の統制』


昭和16年(1941),
長い間の競争相手であった香川新報と四国民報が合併し,
香川日日新聞として再出発した。
県内一紙という国策にそってなされたものであるが,
国家による言論統制に他ならない。
それまでも厳しい検閲等がなされていたが,
この年から急速に,戦時中の新聞に対する統制が進んだ。
その歴史を検証する。

 ◆ 昭和16年1月
新聞紙等掲載制限令を制定

 ◆ 同年1月
政府 知事会議を召集
新聞の各県(東京・大阪は2紙)1紙体制を指示

 ◆ 同年2月10日
香川新報と四国民報終刊

 ◆ 同年2月11日
香川日日新聞発刊

 ◆ 同年12月
言論・出版・集会・結社等臨時取締法の制定

 ◆ 昭和17年7月1日
香川日日新聞 朝刊6Pと夕刊2Pの発行を朝刊4Pに 夕刊の廃止

 ◆ 同年12月1日
香川日日新聞 夕刊を隔日発行に

 ◆ 昭和18年1月1日
1戸1紙主義 2紙以上の配達を禁止

 ◆ 昭和19年3月6日
香川日日新聞 夕刊の発行中止 朝刊も週2回は2Pに

 ◆ 同年7月7日
香川日日新聞 朝刊の2Pを週3回に

 ◆ 同年9月1日
香川日日新聞 朝刊の2Pを週5回に

 ◆ 同年11月1日
香川日日新聞 朝刊全てを2Pに

「高松百年史上巻」より

  
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