ミニ年表 ★029

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『伏石事件の経緯』


大正13年(1924)から翌年にかけて,
小作農と地主の間で,後に言う伏石事件が起こった。
全国的にも有名なこの事件の経緯と結末を追ってみよう。

 ◆ 大正11年6月
小作農約150人が小作料の永久2割〜3割減を要求
地主側 拒絶
小作側 11年度小作料の7割〜8割を納入
麦の不耕作同盟

 ◆ 大正12年2月
小作側 日本農民組合伏石支部結成

 ◆ 大正12年末
小作側 小作料の3割減を改めて要求

 ◆ 大正13年
地主側 伏石松縄地主協同会を結成
小作料請求訴訟 有体動産仮差押
この年大干ばつ

 ◆ 同年10月中頃
小作側 仮差押予防のため中稲(なかて)を刈り取る

 ◆ 同年11月1・7日
地主側 晩稲(おくて)の立毛仮差押強行
関係小作農27人 総反別9町歩余

 ◆ 同年11月27・28日
差押えられた稲立毛の換価処分(競売)が大田村役場で行われる
地主側 1町5反を競り落とした

 ◆ 同年11月28日夜
日本農民組合幹部 若林弁護士に相談
民法上の事務管理規程・留置権の主張

 ◆ 同年11月29日
小作側 地主の競落とした稲立毛の刈り取りを地主に口頭で通告

 ◆ 同年11月30日
小作側 稲立毛の刈り取りを実施
翌々日保管の旨の内容証明付郵便を地主側に送る

 ◆ 同年12月3日
地主側 稲の引き取りにきたが,そのまま引きあげる
稲を脱穀し保管

 ◆ 同年12月4日
本格的な検挙がはじまる
農民20余人が拘束され取調べを受ける
検挙の理由
「地主への暴行」から「窃盗および窃盗教唆」に変わる
民事事件から刑事事件に
検挙された者 100日余拘留
取調べは1日あたり10時間から15時間
人権蹂躙が行われたとして問題に

 ◆ 大正14年7月17日
高松地方裁判所において,第1回公判が行われる

 ◆ 同年3月
調停成立
小作料の1割〜1割5分の減額

 ◆ 同年3月29日
予審終了

 ◆ 同年9月7日
判決
22人が窃盗教唆罪,窃盗罪で有罪判決
19名は執行猶予がつけられる

 ◆ 昭和2年6月14日
上告棄却 刑の確定

大田村は,事件によって一躍社会の注目を浴びることとなった。
最後の段階では,もはや伏石の地主と小作という対立ではすまなくなっていた。
この事件では,自殺者2名,精神異常をきたした者1名の悲劇的な犠牲者もいた。

「高松市百年史上巻」&「香川県史近代U」より

  
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