ミニ年表 ★028

ボタン トップ


『小作争議さかん』


大正12年(1923)の前後,
現在の高松市域では小作争議の嵐が吹き荒れた。
最も有名な伏石事件は次項で説明するが,
争議がどのような広がりをもっていたのか,
大正10年から大正13年にかけて起こった小作争議の場所を
書き抜いてみると。

 ◆ 大正10年(1921)12月
屋島村字藤目 木太村字札場高須

 ◆ 大正11年1月
木太村字新開

 ◆ 同年6月
川添村字久保田 古高松村字古高松

 ◆ 同年12月
屋島村字新馬場

 ◆ 大正12年1月
木太村字夷,川内 林村字乾,下川西,西村

 ◆ 同年11月
川添村字川向

 ◆ 同年12月
川添村字川内を除く全村

 ◆ 大正13年1月
木太村字川ノ内,高須新開 前田村一円 屋島村藤目 三谷村の一部

 ◆ 同年2月
古高松村大字春日

 ◆ 同年5月
三谷村字西三谷平石 林村大字上林下森

翌年には,香西町で小作争議が起こるなど,太田村の伏石だけでなく,小作争議は県下一円を巻き込んだ大きな動きであった。
要求は何れも小作料の減免であり,このような状況を重く見た香川県は,小作官をおいて調整にあたらせることとなった。

「高松市史年表」より

  
ボタン 前へ ボタン 表へ ボタン 次へ