ミニ年表 ★022

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『高松の米騒動』


富山で発生して全国にひろまった米騒動は,
高松でも起こった。
その米騒動の経緯を追ってみよう

 ◆ 大正7年(1918)7月末
米価の高騰

 ◆ 7月1日
一升・26銭

 ◆ 8月9日
一升・52〜53銭
その後,米価は下落傾向となるが,米商人が米価を一定の価格に据置くことを申合
そのような状況下で,米騒動が勃発した
西浜町漁民婦人,県庁・市役所に米麦の廉価斡旋等を陳情

 ◆ 8月13日
西浜町に不穏の形勢ありとして,高松署の巡査が警備にあたる

 ◆ 8月14日
14日からの盆踊りが不許可

高松で米騒動発生
午後8時頃
西通町の郷神社境内(一説には西浜町王子権現)に約100人が集まる
その後7〜800人
米商に押しかけ談判。警察官の説得により,一時解散
再び集合。その数2,000人。幾つかの集団に分かれ各所を襲う
午後9時頃
西通町の米穀商を襲う 廉売の要求
西浜町の米穀商を襲う 廉売の要求
木蔵町の薪炭商を襲う 寄付の要求
その後,西浜町, 西木蔵町,木蔵町の米穀商12軒,薪炭商1軒を襲う
東に移動した集団
丸亀町で市会議員と富豪の家を襲う。寄付金要求
午後11時頃
天神前,中新町,田町,旅篭町に群衆が殺到
東浜村・栗林村でも騒動が勃発

 ◆ 8月15日
午前0時〜2時頃
百間町,井口町,新通町,塩屋町,西瓦町,新瓦町,南瓦町と進んだ集団が,その間,十数軒の米穀商と資産家を襲い,米の廉売あるいは寄付を要求
午前1時30分頃
天神前他に殺到した集団
田町の紙商,呉服商へ押寄せ「貧民救済資金」の寄付要求
天神前の資産家数軒を襲う。寄付を要求
中新町の米穀商を襲う。米の廉売を要求
午前3時過
田町の酒商,材木店,倉庫業,茶商に寄付金の要求
午前3時頃
内町の旧藩主松平邸へ数100人が押寄せる。寄付を要求
午後8時頃
群集1,000人余りが松平家に殺到。松平家が一万円を寄付することで折り合う
その後幾つかの集団に分かれて市内各方面に押寄せ,米等の廉売の要求や「貧民救済資金」への寄付を要求
東浜の騒動が続き,鷺田村でも騒動が勃発

 ◆ 8月16日
午前2時頃
群衆がほぼ退散
様々な市民が仕事を追えた後の夕方から深夜にかけて騒動を起こし,翌朝になると退散した。
自然発生的なものと考えられ,組織的な計画性はなかった。
なお,要求は米の廉売や,寄付の要求などが主なもので,要求を約束させた場合や,拒否された場合もあったようである。
この騒動による逮捕者され起訴され有罪となった者。高松市,栗林村,東浜村で42人に上った。

「高松市百年史上巻」より

  
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