一口メモ ★010

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『菊池寛と,にぎりめしと,みみずと』



 山田竹系氏著の「高松今昔こぼれ話/昭和60年3月 高松市役所発行 市民文庫シリーズ12」に郷土高松出身の文豪・菊池寛の少年時代の面白い話が載せられている。以下は同書からの抜粋である。

  菊池寛先生のこと

 高松市七番丁の菊池寛先生の生家から百メートルあまり北側が,わたしの母の出里で,わたしの祖父,つまり母の父はそこの古い士族屋敷で英語の塾を開いていた。先生も塾生の一人であった。

 母や祖母の語るところでは,腕白ざかりの先生は,カスリの着物に白木綿の帯をして,風呂敷包みに英語の本とノートを入れて通っていたそうである。

 その帯のしめ方が一流で,腰の方へずらしてぐるぐるとまきつけ,うしろで結ばすにいつも『はせ帯』であった。

 ある日曜日のこと,ちょうど昼めし時分だったので,母が講義の席へお茶を持っていった。みんな,お弁当を食べるからである。先生は紺ガスリの袂から,大きなにぎりめしを取り出して食べていた。

 母が「はい,ひろしさん」と言って湯呑茶碗を置いた途端,キャーッと悲鳴をあげて,ひっくり返りそうになった。

 なんと,先生のぱくついているにぎりめしに,3センチほどのみみずがくっついて,それが動いているではないか。

 その朝,先生は塾に来る前に,姥ヵ池へ廻って,そこでフナ釣りをしていたというのである。フナの餌のみみずと,お弁当のにぎりめしを,同じ袂の中に入れていたので『みみずのにぎりずし』が出来た次第であった。

 母が生前,何度もわたしに話していたのだから実話であろう。

・・・以下略・・・
  
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