一口メモ ★008

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『街の中に牧場があった』


 明治33年の頃,広瀬駒蔵という人物が内町で牧場を営んでいた。

 場所は高松城跡正門前の一角から現在の琴電車庫前から,東は戦前の半田材木店,南は玉藻ホテルの北側,3,700坪で乳牛牧場を経営していた。

 旧城内の桜の馬場も借地し,多いときには100頭の乳牛を放牧していた。牧草としてクロバーも栽培していた。

 明治42年には,牛の疫病により30頭余の牛が死に大損害が生じたため,桜の馬場を返還した。

 その後,明治45年には花園町の尾形牧場を買収し,移転,大正7年には廃業した。

 広瀬牧場のほか,花園町の尾形牧場や西浜町の大住牧場があった。

「高松市史年表」より

  
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