高松の歴史年表V

高松の近世

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高松城跡
高松城跡生駒親正が築城。堀に海水を導いた難攻不落の名城である。国指定史跡
三谷三郎池
三谷三郎池西嶋八兵衛が修築した溜池。三番目に大きい池として三郎池の名がある
栗林公園
栗林公園生駒家が基礎を造り,松平家によって完成された大名庭園。国指定特別名勝
長崎ノ鼻砲台跡
長崎ノ鼻砲台跡幕末に屋島の先端に造られた砲台の跡。石垣が今も波に洗われている
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1584
 

天正12年
 

長宗我部元親が,十河城を攻略し讃岐国を支配下におく
1585   天正13年   豊臣秀吉が四国に兵を送る
 /喜岡城が落城。香西氏滅亡する
仙石秀久,豊臣秀吉より讃岐国を与えられる
 /うち2万石は十河存保の支配となる
1586   天正14年   仙石秀久,九州戸次川で島津軍と戦い大敗する
 /十河存保ほか多くの讃岐の武将が戦死する
豊臣秀吉,仙石秀久から讃岐国を没収する
1587   天正15年   尾藤知宣,豊臣秀吉より讃岐国を与えられる
豊臣秀吉,尾藤知宣から讃岐国を没収する
生駒親正,豊臣秀吉より讃岐国を与えられる
1588   天正16年   生駒親正,香東郡野原庄で高松城築城に着手し,城・城下町を「高松」と名付ける。
 /高松市のはじまり
刀狩が行われる
1590   天正18年   豊臣秀吉,全国を統一する
1591   天正19年   太閤検地がはじまる
豊臣秀吉,朝鮮出兵を命じる


1600
 

慶長5年
 

関ヶ原の戦いおこる
生駒親正は西軍,子・一正は東軍
1603   慶長8年   徳川家康,征夷大将軍となり江戸幕府を開く
1615   元和1年   大坂夏の陣,豊臣氏滅亡。元和偃武
1627   寛永4年   伊勢国津藩の西嶋八兵衛,この頃に生駒藩奉行に就任する
1635   寛永12年   鎖国が完成する
1639   寛永16年   幕府,参勤交代を制度化する
1640   寛永17年   生駒騒動。幕府,藩主生駒高俊を出羽国矢島に一万石で移す
1642   寛永19年   松平頼重,生駒家にかわり東讃12万石を与えられる
1644   正保1年   高松城下に上水道が敷かれる
1669   寛文9年   高松藩,御座船を新造し飛龍丸と名付ける
1670   寛文10年   高松城天守閣改築される
1702   元禄15年   藩主頼常,窮民救済のため栗林荘の庭普請を行う
1716   享保1年   幕府,享保の改革
1719   享保4年   香西成資,南海通記を白峰に納める
1747   延享4年   平賀源内,高松藩の薬坊主となり,栗林荘で薬草栽培を行う
1755   宝暦5年   梶原景山,屋島潟元に30町歩の亥ノ浜塩田を開く
1757   宝暦7年   高松藩,藩札(宝暦札)を発行する
1780   安永9年   藩校講道館が開校する 後藤芝山,初代総裁となる
1787   天明7年   幕府,寛政の改革
1789   寛政1年   向山周慶,砂糖製造に成功する
1805   文化2年   高松城下東浜の海を埋立て新湊町を造成し,問屋を移す
1823   文政6年   木村黙老,高松藩家老となる
1833   天保4年   高松藩,藩札(天保札)を発行する
1841   天保12年   幕府,天保の改革
1844   天保15年   玉楮象谷,一角の印籠を藩主に献上する
1853   嘉永6年   梶原藍水,藍渠父子,「讃岐国名勝図会」稿本を完成する
アメリカ使節ペリー浦賀に来航する
1854   嘉永7年   日米和親条約を締結する
1863   文久3年   高松藩士藤川三渓,龍虎隊を組織し長崎の鼻に砲台を築く
1867   慶応3年   大政奉還,王政復古の大号令が出される
江戸幕府滅亡


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