高松の歴史年表U

高松の中世

2階層上の頁へ


1階層上の頁へ


近世の頁へ


原始古代の頁へ
屋島檀ノ浦
屋島檀ノ浦元暦2年,源氏と平氏が戦った古戦場。長門壇ノ浦と違い,「檀」の字を用いる
石清尾八幡
石清尾八幡かつて,当社の春市は細川頼之の官位にちなみ「右馬頭市」と呼ばれた
喜岡城跡
喜岡城跡南北朝時代のはじまりと戦国時代の終わりの二度・落城した城。高松城ともいう
勝賀城跡
勝賀城跡讃岐の中央部に勢力を持ち,ときに京都まで活躍した香西氏の本城。市指定史跡
鎌倉時代ロゴ

南北朝時代ロゴ

室町時代ロゴ

戦国時代ロゴ



1185
 

元暦2年・
文治1年
 

源義経,屋島の壇の浦で平氏と戦う
那須与一の「扇の的」などの故事が伝えられている
1192   建久3年   源頼朝,征夷大将軍となり鎌倉幕府を開く
1207   建永2年   法然,土佐に流される途中で塩飽に寄る
小松の生福寺(仲多度郡満濃町の西念寺の付近)に住んだとも伝わる(生福寺/後に松平頼重によって移され,法然寺となる)
1221   承久3年   承久の乱
香西資村は鎌倉幕府方につく
1246   寛元4年   讃岐国の御家人・藤左衛門尉(香西氏か?),海賊を捕らえる
1274   文永11年   元寇(文永の役おこる)
1281   弘安4年   元寇(弘安の役おこる)
1333   元弘3年   鎌倉幕府滅亡する


1334
 

建武1年
 

建武の新政はじまる
1335   建武2年   細川定禅,鷺田庄で挙兵し高松頼重と屋島で戦いこれを破る
1336   建武3年・
延元1年
  足利尊氏,室町幕府を開く
後醍醐天皇,吉野に移る(南北朝対立)
1362   正平17年・
貞治1年
  細川頼之と細川清氏が戦う。白峰合戦
1367   正平22年・
貞治6年
  讃岐守護細川頼之,幕府管領となる
1371   応安4年・
建徳2年
  地頭十河千光,蓮華王院領山田郡十河郷の年貢を請負う


1392
 

明徳3年・
元中9年
 

南朝と北朝が合一する
1397   応永4年   将軍・足利義満,金閣を営む
1441   嘉吉1年   嘉吉の乱,将軍・足利義教暗殺される
1442   嘉吉2年   仁尾浦神人が,守護細川勝元に代官香西氏の更迭を要求する
1445   文安2年   「兵庫北関入船納帳」の記載に讃岐国の湊名がみられる
1460   寛正1年   守護細川勝元,讃岐一宮田村神社に26か条の壁書を下す


1467
 

応仁1年
 

応仁の乱がおこる
讃岐国の諸将,細川勝元軍(東軍)につく
1478   文明10年   讃岐国で徳政一揆おこる
1479   文明11年   寒川氏と三谷氏が合戦する(讃岐国内での抗争がおこる)
1482   文明14年   将軍・足利義政,銀閣を営む
1507   永正4年   香西元長,京都嵐山などで戦う。多くの讃岐の将兵が戦死する
1543   天文12年   ポルトガル人が,種子島に漂着し鉄砲を伝える
1549   天文18年   ザビエルが,キリスト教を伝える
十河城主・十河一存,兄・三好長慶をたすけるため,讃岐の将兵を率い,京都に攻め上る
1558   永禄1年   阿波の三好実休が,讃岐国に侵入し支配下におく
1560   永禄3年   桶狭間の合戦がおこる
1573   天正1年   織田信長が,足利義昭を追放する。室町幕府滅亡


2階層上の頁へ


1階層上の頁へ


近世の頁へ


原始古代の頁へ