13 屋島狸大学

 屋島の太三郎狸,うっとり海を眺めていました。瀬戸内海は波も静かにいい景色,向こう側にある女木島の渚で魚がはねます。と,そのときです。はるかかなたかから一艘の船,あまり見かけたことのない船です。どこの船だろうと,太三郎狸は目をこらします。船の上には,これまた見かけない人影がちらちら。

 「一体,誰だろう。あっ,船がこっちへ寄ってくる……。」

 太三郎狸は,屋島山上からとととっ……と山を下りはじめました。仲間の狸たちも,その後を追います。とにかく,浜辺へ出て確かめようというのです。

 さて,この船は,中国揚州からはるばるやってきた船だったのです。中国のお坊さま鑑真和尚が招かれ,奈良の都へ渡る途中,瀬戸内海を通りかかったのです。

 ちょうど,屋島と女木島の間を通っていると,屋島山上がきらきら輝きます。不思議な光にみちみちていたのです。中国のお坊さま,

 「あれは,瑞光だ。限り無く清らかな霊山なのだ。船を,寄せてみよう。」

 と,おっしゃいます。船頭さん,よいしょと船を砂浜へ着けました。目の不自由なお坊さま,船から下り瑞光たなびくお山へ登りたいとおっしゃいます。

 「道もないところを……。」

 「心の目を開けば,見えてくる。」

 と,おっしゃられてもどこを登ればいいのでしよう。立木に覆われた山です。そこへひょっこり現れたのが,太三郎狸。道案内をいたしましょうとばかり,中国のお坊さまの先に立ちます。まさに,狸道,けもの道です。屋島の北嶺へ案内いたしました。

 そして,北嶺の中央へ仏像を祀り,教典を納められました。

 「この地にとどまりたいのだが,奈良の都へ行かねばならぬ……。」

 と,名残惜しそうに屋島の山をあとにされます。このとき,中国のお坊さまの通られた道を「鑑真谷」と,呼ぶようになりました。

 このありさまをじーっと見ていたのが,太三郎狸。深い感銘を受けたようです。こんなことがあった後,お坊さまが次々とやって来られます。お坊さまが来る度に,太三郎狸は道案内。危ない所は通らぬよう,歩きやすい道を教えます。

 空海もやって来られ,北嶺の伽藍を南嶺に移し,千手観世音を御本尊としてお祀りしました。南面山千光院屋島寺です。蓑山明神をすぐかたわらへお祀りし,鎮護の神とされます。


 太三郎狸,大はりきりです。狸も賢くなければならない。より徳の高い狸になるためには学問が必要。若狸たちの教育の場を,屋島に設置することに決めたのです。今までささやかな寺子屋めいたものはありましたが,系統だった教育が必要だと,屋島大学を開校しました。四国は言うに及ばず,全国からよりすぐった若狸たちが集まります。

 若狸たちの寮は,北嶺に北寮。南嶺に南寮を設置しました。談古嶺のあたりは,さしずめ大集会場だったかもしれません。もともと北嶺には,先祖狸の古穴があったそうです。もちろん,太三郎の先祖なのですが,母方の里は東植田の山々だったとも言います。

 地元狸と,勉学に集まった狸たちの間で激しい競争が始まります。この競争が,より素晴らしい成績をあげます。勉学の方法は,判りません。しかし,屋島狸大学を首席で卒業すると,正一位の位を得ることができたそうです。正一位を得ると,人間と交わることが可能だそうです。事実,そんな若狸もいました。恋人は人間のお嬢さん,結婚したくてたまりません。屋島狸大学で血のにじむような勉学を積んだそうです。

 さて,その教科は不明ですが,狸たちはこんなことを話していました。

 「化け学は秘法だ。人間に,知られてはならぬ。」

 「そうですかな。でも,人間,知っていますよ。シャレコウベを使って化ける,シャレコウベがないときは,水藻を掬ってきて頭に乗せる。藻がないときは,葉っぱを身体中につけてどろーん。」

 「馬鹿。そんなことは,子供だましだ。もっと,高度な化け学は誰にも教えない。秘法なのだ。」

 「はあ,奥が深いなあ……。」

 「人間どもは,化かされない方法も知っているぞ。」

 「えっ,化かされない方法もあるのですか。」

 「そうだ。いくら狸ががんばっても駄目だ。その一,煙草を吸う。その二,眉毛に唾液をつける。その三,大マラを出して小便をする。その四,犬をけしかける。その五……。」

 「えっ,まだあるのですか。」

 「そうだ,化け学の秘法は,敵のありようを熟知することだ。お前は,まだまだ修業が足りん。」

 「あっ,学長先生だ。」

 「今日は,特別講演のある日だ。」

 若狸たち,わいわい,がやがや。全国から集まった狸たち,厳しい修業を積み重ねます。


 さて,日々多忙の学長先生のもとへ,阿波からお使いが参りました。

 「是非にも,お力を借りたいのですが……。」

 「何か,ありましたか。」

 「実は,血を血で洗う激しい戦いが……。」

 ほとほと困っておりますとお使者狸は,肩をすぼめて話はじめました。

 阿波の金長狸が,津田浦穴観音の六右衛門のもとへ修業にやって来ました。金長狸なかなか優秀です。六右衛門狸の一人娘,鹿の子狸に一目惚れ。六右衛門狸,目を細めてこう言いました。

 「あっぱれな修行ぶり,ほどなく位も授かろう。ひとつ娘の鹿の子と夫婦になってオレの片腕になってくれないか。」

 「ありがたいお言葉ですが,ふるさと日開野には守らなければならない一族もいますので……。」

 金長狸,養子縁組はお断りだと言います。もちろん鹿の子ちゃんには未練たっぷり。六右衛門狸,無性に腹が立って来ました。こんないい話を断るとは,許せない。思い上がりもはなはだしい。さては,穴観音一族を滅ばすつもりかと早合点をします。芽は小さいうちに摘まねばならぬと,金長狸を襲わせます。売られた喧嘩は何とやら,金長狸も激しく戦いました。

 悲しくてたまらないのが鹿の子狸,恋人と父の争いです。鹿の子狸は思いあまって投身自殺。それでも,争いは止めません。六右衛門狸と金長狸は一騎討ち,両者,相討ちになってしましました。

 一族の者たちは作戦の立て直し。六右衛門の弟が,屋島狸大学で修行中でしたが,呼び帰して総大将にと迫ります。ですが,戦闘を再開しますと,とどまるところがありません。阿波の狸は絶えてしまいます。

 「学長先生,お願いでございます。両者を説得していただけませんか。屋島狸大学で修業中の若狸まで失ってしまいます。」

 「そうか。それほど争っていたのか。あい判った。」

 出かけて行き仲裁にあたりましょうと,学長先生,重い腰をあげられました。

 「双方言い分もあろうが,これ以上争ってはならない。跡目のことは,両者,分が立つように取り計らおう。哀れな鹿の子狸は手厚く葬るように……。」

 と,行き届いた仲裁。ぽんぽこ円満手打ちとなりました。さすが,屋島狸大学の学長先生。諸国へ,噂がぱーっと広まります。

 屋島大学,ますます,隆盛を誇ったということです。





14 泣いたのだあーれ

 浄願寺に年を経た狸が住んでいました。とっても利口な狸は,ほうぼうへ灸の点をおろしに行きます。ある日のこと狸は,三豊郡へ出かけました。途中,財田川に大水が出て橋が流され渡ることができません。困っていると,男が渡ろうとしていたので肩へ乗せてもらおうと思いました。

 「お礼をはずむから,渡してください。」

 「お前は狸だな。お礼するといっても柴の葉の金だろうが……。」

 「いやいや。お礼はちゃんとする。ワシが金の茶釜に化けるけん,金持ちの家へ売ったらええぞ。」

 男は,狸を肩車にして川を渡りました。狸は,約束どおり金の茶釜になりました。驚いた男は,それでも茶釜を抱いて村一番の金持ちの家へ売りに出かけました。珍しい金の茶釜は高く売れ,男はほくほく顔で家へ帰りました。

 金の茶釜が手に入った金持ちは,大喜びです。さっそく人を招いて茶釜を見せびらかそうと,炭火をかんかんにおこして湯を沸かします。茶壷に化けた狸は,もう熱くて熱くてたまりません。我慢していたのですか,狸はとうとう逃げ出しました。茶釜から,手が出て足が出て走り出したのですから,金持ちもお客もびっくり。目を廻してしまいました。

 狸は,高松まで一目散に逃げ帰りました。住みなれた浄願寺へ辿りつき,しくしく泣き出します。

 頭の火傷が,痛くて痛くてたまりません。お坊さんは,狸がかわいそうでなりません。仏さまに供えていた鏡餅をおろして,「泣くな泣くな」と,狸をなだめます。この火傷がもとで,狸の頭は禿げてしまいました。

  「いま,泣いたのだあーれ
    浄願寺の 禿狸
      おかざり三つでだあまった」

 と,このときから歌われるようになったそうです。





15 小豆軍団

 禿さんの耳へ,日露戦争の激しさが伝えられて来ました。高松から出征した兵隊さんたちが苦戦をしているというのです。

 「なに,ご城下の男たちが困っているのか。」

 「ロシアの兵隊は,ほんどり大きいというからな。」

 禿さん,考えます。このまま黙っているわけにはゆきません。

 「おい,ありったけの小豆を集めて来い。」

 「はあ,小豆をですか。」

 「はよ,行け。」

 禿さんのまわりに眷属が三百人もいたというのですから,命令はすぐ実行されます。大袋に入った小豆が,どっさり集まりました。禿さん一室へこもり,むにゃむにゃ化け術の呪文を唱えます。すると,小豆一粒が兵隊一人に変身し,また元の小豆に返ります。

 「これでよし。おーい。この小豆を戦場へ送れっ。」

 「はーい。」

 戦場へ着いた小豆一粒は,兵隊一人になります。小豆軍団は,敵方をおおいに悩ませたといいます。

 さて,小豆軍団の快挙は,狸界へ知れ渡りました。覚善寺の久五郎狸も,ニュースを聞きました。さっそく浄願寺へ出かけて行き,禿さんと密談。密談の内容は判りませんが,久五郎の姿が消えてしまいました。ご城下雀たちは,ひそひそ噂をいたします。

 「近頃,久五郎狸の姿が見えませんな。」

 「ああ,悪戯をしたという話も聞かん。」

 「ああ,そうだ。火吹竹のおよしさんに聞いてみよう。」

 「およしさんは,久五郎狸とええ仲だったからな。」

 およしさんは,火吹竹や,お竃ほうき,鍋つかみ等台所用品を売っている話好きのおばさんです。

 「およしさん,久五郎さんは達者かな。」

 「はあ,久五郎さんとはおなじみでのう。戦争へ行く前は,ちょいちょい私の家へ泊りに来てくれました。近頃はのう……。」

 「近頃,姿を見せんのか。」

 「戦地でなんぞあったのかと,心配しています。」

 およしさんは,まるで久五郎の恋人のよう。しかし,戦争に行く前に一夜をともにしたまま,長い間逢ってないと心配そう。ということは,久五郎狸は小豆軍団と一緒に戦場へ出かけたようです。

 これは,大変です。覚善寺のお坊さんに,報告に出かけました。

 「久五郎狸は,日露戦争に行ったようです。」

 「ああ,兵隊たちと一緒に戦場に行った。別れの挨拶はちゃんとしていった。しかし,安否が判らん。まさか,名誉の戦死じゃあるまいな……。」

 「はあ。」

 「ご城下の男たちを守ろうと出かけて行ったのだ。あっぱれな奴だわ」

 戦争は,狸界へも大きな打撃を与えたようです。





16 かけ一丁

 花冷えの夕暮れ,綿入れの袖なしを着た男が背中をまるめてやってきました。ずーっと鼻水なぜあげ,うどん屋の暖簾をくぐります。空きっ腹にしみいるようないい匂い。温かい湯気が,しょぼ髭を濡らします。ころころやって来た男,うどんを注文します。

 「かけ,一丁。」

 「はあーいっ。」

 湯気の立つうどんが運ばれてきました。男は割著を割る手ももどかしそうに,うどんをすすりあげます。つるつる,つる。これほど旨いものがあるものかというように,一筋残さず食べてしまいました。うどん鉢を持ち上げおつゆも一息に飲んでしまいました。そして顔を,ひとなぜして「ふーっ」ああ旨かったという表情。上機嫌です。男は,

 「浄願寺じゃ。」

 と,言って帰ります。

 「毎度,あり……。」

 うどん屋の親父は,にこにこ。きれいさっぱり出汁まで飲んだ男に好意を持ったようです。

 男は,翌日も来ました。その翌日もやって来て,出汁も残さずなめるようにきれいにさっぱり食べています。毎日やって来て,

 「浄願寺じゃ。」

 と,言って帰ります。

 「めっぽう,うどん好きなお人だな。」

 と,うどん屋の親父。そろそろ,月末です。浄願寺へ,うどんの掛けを取りに行くことにしました。

 「へえ,毎度ありがとうございます。うどん屋ですが……。」

 「はあ。」

 「あの,うどん屋です。」

 「うどん屋さんが,どうされましたか。」

 浄願寺さん,ぽかんとしています。浄願寺では,誰もうどんを食べに出かけた者はいないということです。

 「そんな……。たしかに。」

 ころころ肥った男がやって来たと,説明します。

 「そうか。さては,ハゲさんか……。」

 浄願寺の広い境内には,狸のハゲさんが住みついています。この狸のハゲさんが,うどんが好きだったので食べに行ったのだろう,ということになりました。住職は,

 「ハゲさんかい。」

 と言いながら,掛けを払ってくれました。うどん屋の親父は,ハゲさんがうどんを食べに来たのがうれしくてたまりません。

 「毎度,あり……。」

 それからも,ハゲさんはときどき,うどんを食べに来ました。いつも,「かけ一丁。」です。出汁をたっぷりかけたあつあつのうどんを,おいしそうに食べます。時には,天麩羅うどんや,卵うどんを注文してもよさそうなのですが,決してぜいたくはしません。

 慎ましく「かけ一丁。」でした。


イラスト  ★ ☆ ★  長尾  ★ ☆ ★