7 いとより浜

 屋島の合戦に敗れた平家一門は,海へ山へと落ちていった。そして,海上ではかなくなった者,四国の山ふかく逃がれて行った者,その末路は哀しい。戦の場でいさぎよくはてた者にひきかえ,平家落人の話はすべて哀切きわまりない。まして,それが,平家女人の落人となると涙なくしては語れない。

 だが,こんなけな気な話も残されていた。平家の姫は従者とともに小舟に乗って,波間をただよった。いくら波静かな瀬戸の海とはいえ,都育ちの姫にとっては闇にくれた海上がどんなに恐ろしかったことか。

 現在の瀬戸内町,いとよりの浜へ小舟はただよい着いた。夜あけの浜で,姫は涙を洗い流した。ついきのうまでの栄華も夢なら,闇の海をただよった恐ろしさも夢のまた夢,姫はきものの裾もきりりと短めに,この浜で生きようと強く決心。

 従者がとってきた魚を,ハンボに入れて

 「おさかなどうええ。」

 と街へ売りに出た。とれとれの魚は生きがいい,いつのまにかイタダキさんと呼びならわして,人々は心待ちにするようになった。

 ハンボの頭上運搬の風習は変わったものの,現在も定まった町角で,イタダキさんは魚の荷を開く。イタダキさんという呼び名は,むかしのままに続いている。

 「春の魚がきたがな。」

 「はるいお,おごろうぜ。麦うらしに行ったんな。」

 イタダキさんとの会話はたのしい。

 「オコゼの味噌汁は腹ぐすり。」

 「ナマコは仙気ぐすり。」

 「鰆の尻尾は,門口に打ちつけておきまい。雷除けだといいまっせ。」

 イタダキさんは,とかく物知り。魚の調理方法は言うに及ばず,春の魚,冬の魚,四季折り折りの魚の顔をちゃんと覚えている。

 なお,この糸より浜のいとより姫は,平家の落人という話と,南北朝の争乱をさけて流れ着いた貴人という説もある。いずれにせよひなにはまれな高貴な姫君が,イタダキさんの祖であることには違いがない。

 新田藤太郎作のいとより姫の銅像が,いとより浜に建っているが,その面ざしは優にやさしい。

 いとより浜へ流れ着いたいとより姫は,こんな方法で魚を商い強く生きたのだ。そして,幾人かの子も産んだという。

 イタダキさんが運んで来る魚は,むかしのままにおいしい地の魚であることは,今日も変わっていない。





8 公渕

 さてもこんな無念があっていいものか,あれほど死ねばもろともと誓いあった者たちがひとたび義経軍の急襲にあうと,海へ海へと逃れていった。船にのりこもうとトモズナにとりすがる手をなぎ払うように,船は出てしまった。

 敗れた平家の公達は,その浅ましさについてゆけなかった。我さきに船に乗りこもうとする者の背を,白々とした表情で見ていた。瀬戸の海のかなたへ船が遠ざかるのを見送ってから,公達は泣きさわぐ下僕に言った。

 「山へ入ろう。」

 流れ川をさかのぼるように公達は歩いた。小さな集落で,なにがしかの食料を求めた。追捕の兵が見廻っているというので昼間は身を隠し,夜道を歩いた。流れが細くなり山路へさしかかってから,人目にふれることも少なくなってきた。従ってきていた者も,一人,二人といつの間にかに,いなくなっている。はぐれるというより,その者はその者で何処かへ落ちていったのであろう。

 しかし,生計を求めて落ちていった者はいいが,屋島の戦で負った矢傷がもとで,けわしい山路を辿るようになると急に体力が落ち,とうとうはかなくなってしまった者はあわれだ。亡骸はねんごろに葬った。でも,土を盛った塚に名を記すわけにはゆかない。ただ,平家落人の塚と呼ぶのみである。

 公達のまわりに,もう人はいなかった。つき従う者もなく,公達は影をひとつひくのみ。夜道は露にぬれていた。思いおこせば屋島の合戦の場から逃れる道に,季節はいそぎ足でうつろうた。

 今夜の,この明るさはどうだろう。天も地も,こうこうとした月の光に包まれすべてのものが清浄そのもの。公達は,月の光のあまりの神々しさに,肌身離さず持ち歩いていた笛を取り出した。

 笛の音が,わたる。公達の笛に照応するかのように,月はますますさえわたる。と,公達は,絹ずれの音を聞いたように思った。ひそかな香のかおりがたちこめる渕をのぞくと,そこに,直衣(のし)姿の友がいるではないか。黒髪の長さが自慢だった姫もいる。

 琴とあわせましょうと,唐衣(からぎぬ)の姫が招く。合奏が終われば,あとは酒盛り。月見の宴なのだと仲間が誘う。いやいや,その前にお歌を記さねばと,単の袖に筆を持つ姫もいる。

 公達は,夢うつつ。あれはまぎれもなくかつての,わが屋敷。公達が帰るのを大勢が待っている。笛を,待っているのだ。

 「おーい,すぐ行くぞ!」

 公達は,渕へ身をおどらせた。一瞬,月の光が,くだけて散った。底なしの渕が,また,もとの静かさになり月光がひときわ冴えかえった。

 里の人たちが,この渕を,公渕と呼ぶようになった。渕のほとりへ堤を築き,田をうるおす池となってから,「公渕池」と名付けられた。





9 かまとこ地蔵

 屋島の津から春日川沿いに,一陣の砂けむりがあがった。阿讃の山脈に向かって駆けてゆくのは,屋島の合戦で敗れた平家の軍。それもかなりの数である。源氏の兵が見逃すわけがない。先廻りして待ち伏せていたのが,稗田の植田若狭守の家来たち。激しい争いとなった。

 平家の武将の乗っていた,馬の首を斬り落した。乗っていた高畑某は落馬,追われて斬られた。馬も首のないまま,主の後を追ったが息絶えてしまう。西植田町本村,馬切り藪には馬の首を埋めた塚があり,切り谷と屋号のように呼ばれる家では,高畑某の墓を祀ってある。

 この一軍は,本村のあたりで全滅したのではない。源氏の兵,それも源氏に味方する地元の兵たちに追われながら平家の落人たちは,神村(こうのむね)まで逃げてきた。

 神村は山ぶかいところ,安心はできないが山一つ越えれば或いは逃げきることができるのではないかと思ったとき隙が生まれた。馬の足音がする,追手が来たのだ。平家の兵は,まだ火を入れていない炭焼窯にかくれた。身を折るようにかがめて,敵が通り過ぎるのを待った。しかし,戦いは無惨だ。源氏の兵は平家の落人が息をころして隠れている炭焼窯を土で蓋してしまった。一瞬のことである。

 その後,さまざまの怪異が起きた。源氏でもない平家でもない地元の人たちが,そこへ地蔵を祀った。西植田神村のかまとこ地蔵がこれである。


イラスト  ★ ☆ ★  長尾  ★ ☆ ★