4 喰わずの梨

 弘法大師の生まれた香川県には,山にも池にも里にもおどろくほど多くの大師伝説が息づいている。そのいくつかを讃岐生まれのわたしたちは,幼いころから聞いて育った。

 高松市屋島には,源平の戦よりずっと昔から四国八十四番札所の屋島寺があった。この屋島寺へ行こうと弘法大師は,屋島の山麓までたどり着かれた。破れた衣のみすぼらしいお坊さまは,喉がかわいてしょうがない。どこかに水でもないかとさがしてみるのだが,見あたらない。ふと,むこうを見ると一本の梨の木がある。たわわに実った梨を,おばあさんがもいでいる。

 「もし,おばあさんや。その梨,ひとついただけんもんかいの。喉が乾いてからからじゃ。」

 喉ばかりか,朝から何も食べてないお坊さんは腹もペコペコ。このみすぼらしいお坊さんを,じろりと見たおばあさんは,

 「この梨はのう,水気がのうて食えたしろものではないのじゃ。どこぞ他所でもろうてくだされや。」

 と,梨一つ恵むのをものおしみした。

 「食えんのならしょうがないわ。じゃましたのう。」

 お坊さまは,余計に疲れが増したようにひょろひょろと山を登りはじめた。

 山を降りたおばあさんは,町へ梨を売りに行った。ところが,どの梨もこの梨も固くて食べることができない。思い切り歯を入れてみても水気もなく,食べることができない。

 屋島寺の方へ行かれた破れ衣のお坊さまは,弘法大師だったのだ。それから,この梨の木は,どんなに実がなっても食べることのできない,食わずの梨になってしまった。

 このように,みすぼらしいお坊さまに差しあげなかったばっかしにほんとうに食べられなくなった話は,香川県ばかりか全国に分布している。反対に,ものおしみせずに差しあげたので果報を得たという話も多い。





5 加持の水

 四国八十八ヵ所第八十五番札所屋島寺に,「加持の水」というところがある。

 むかし,弘法大師が屋島山へ登ろうと中腹まで来られてひとやすみなさった。水を飲もうにも付近にも水場もなく,人々は,不自由していた。お大師様が加持祈祷をされると岩の間から清水が湧き出した。

 よろこんで人々は,それを加持の水と呼び大切に使った。





6 空谷川と突抜泉

 ほこりまみれのお坊さまが,青峰山のふもとまで歩いてこられた。疲れ果てたお坊さまは,水を一杯飲ませてもらおうと川のほとりの民家へ立ち寄った。あんまりきたないお坊さまなので,家の人は「水はないよ」と断った。お坊さまは,川の中へ杖を突きたてて

 「この川は,空谷だの」といわれた。

 同時に,川に流れていた水が川底へ浸みこんでしまった。川の底の方では水音がしているのに,川には水が流れなくなってしまった。川に水がないので,からだに川となってしまったという。このきたないお坊さまは,諸国を巡礼されていた弘法大師だったのだ。

 なお,空谷川の水は,生島の突抜泉へでるようになった。旱魃のときにもこの泉は枯れることがなく、近くの島々からも貰い水に来たほどの名水。突抜泉の名水をもらって生きたので,島の人々はこの浦を「生島」と言うようになったと伝えられている。


イラスト  ★ ☆ ★  長尾  ★ ☆ ★