飛龍丸イラスト
歴史資料館のシンボル
たかまつはんござぶねひりゅうまる
高松藩御座船タイトル 飛龍丸タイトル
 

まつこさん 高松市歴史資料館(たかまつしれきししりょうかん)の常設展示室(じょうせつてんじしつ)
中央(ちゅうおう)には,
高松藩(たかまつはん)の御座船(ござぶね)「飛龍丸(ひりゅうまる)」の模型(もけい)
展示(てんじ)されています。
高松市歴史資料館のシンボルです。
その飛龍丸の模型について説明(せつめい)しましょう。
たかおくん

飛龍丸展示状況 
飛龍丸 模型全体
飛龍丸とは
 高松藩の軍船(ぐんせん)で,藩主が乗船(じょうせん)する船(ふね)です。参勤交替(さんきんこうたい)などに使(つか)われました。
 おおきな帆(ほ)には「○」が描(か)かれていて,それが高松藩の船であるという目印(めじるし)となっています。
 全長(ぜんちょう)31.8メートルもあり,艪(ろ)は52ありました。ひとつの艪を2人の水夫(すいふ)で漕(こ)いだそうです。
 内部(ないぶ)には,藩主の御座所(ござしょ)があります。そこの天井(てんじょう)や襖(ふすま)には見事(みごと)な絵が描(えが)かれていて,殿様(とのさま)が座(すわ)る場所(ばしょ)にふさわしい雰囲気(ふんいき)です。
 船体(せんたい)は白木(しらき)(づく)りで,他藩(たはん)の御座船と比(くら)べて遜色(そんしょく)のない豪壮(ごうそう)なものであったいわれます。
飛龍丸の前 
飛龍丸のまえ
 模型は,遺(のこ)されていた高松藩飛龍丸明細切絵図(たかまつはんひりゅうまるめいさいきりえず)など詳細(しょうさい)な図面(ずめん)をもとに,1/5の縮尺(しゅくしゃく)で造(つく)られました。


参勤交代(さんきんこうたい)について
 参勤交代とは,藩主が一年ごとに江戸(えど)と領地(りょうち)を交替して住(す)むことをいいます。
 藩主だけでなく多くの家臣(かしん)を伴(とも)って1年ごとに移動(いどう)するわけですから大変な費用(ひよう)がかかりました。
 飛龍丸御座所
飛龍丸のないぶ
 江戸幕府(ばくふ)は,参勤交代により,大名(だいみょう)に多くのお金を使(つか)わせて,大きな力を持たせないようにしたといわれています。しかし,藩主について江戸へ行った人々によって,江戸の文化が運ばれた面もあります。


飛龍丸の航路(こうろ)
 高松からの航路は,高松城の水手御門(みずてごもん)から出て,沖(おき)に泊(と)まっている御座船・飛龍丸に乗(の)ります。
 飛龍丸は沖合(おきあ)いをあまり航行(こうこう)しません。だいたい讃岐(さぬき)の沿岸(えんがん)から淡路島(あわじしま)の沿岸,さらには明石(あかし),尼崎(あまがさき)と現在(げんざい)の阪神(はんしん)地区(ちく)の沿岸というように,海岸(かいがん)ぞいに大坂(おおさか)まで進(すす)みます。(大坂より前でおりることもありました)
 飛龍丸船尾
飛龍丸のうしろ
 大坂で飛龍丸はお役(やく)ごめんとなります。そこからは川用(かわよう)の御座船で淀川(よどがわ)をあがり京都(きょうと)の伏見(ふしみ)までいきます。そこから大名行列(ぎょうれつ)を組んで江戸にのぼりました。


空を翔(かけ)た飛龍丸
 歴史資料館はサンクリスタル高松の4階(かい)にあります。飛龍丸の模型は全長10メートルありますから,エレベーターであげるわけにはいきませんでした。実(じつ)はクレーンで吊(つ)りあげたのです。


飛龍丸のビデオ
 歴史資料館の常設展示室(じょうせつてんじしつ)では,飛龍丸のいろいろについて説明(せつめい)したビデオもあります。模型と一緒(いっしょ)にみればもっと勉強(べんきょう)になるでしょう。
南昌市 
南昌市


南昌市(なんしょうし)の飛龍丸
 高松市では中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく)の友好(ゆうこう)都市(とし)・南昌市に1/10の模型を,友好の証(あかし)としてプレゼントしています。歴史資料館の模型の兄弟が中華人民共和国南昌市にあることになります。
 江戸時代の殿様(とのさま)が乗(の)った船が,国際交流(こくさいこうりゅう)の役(やく)に立っていることになります。