タイトル
屋島

那須与一扇の的図

那須与一扇の的図
資料データ
初代狩野休圓筆 一幅
紙本著色
縦31.0 横40.1(cm)
江戸時代
宝永6年(1709)

 筆者の狩野休圓(1641〜1717)は,江戸時代中期の絵師。狩野永徳の弟休伯長信(御徒土町狩野家初代)の三男にあたり,麻布一本松狩野家の祖である。名は清信で,休圓はその号。『古画備考』によると11歳のとき徳川家光にお目見えし,15歳のとき狩野派諸家の絵師七人と共に朝鮮国王への贈呈屏風絵制作に携わっている。狩野探幽・安信らと同様,御用絵師のひとりとして活躍した。
 屋島での激しい戦いも,日暮れの訪れとともにその一日が終わろうとしていたとき,平氏は小船を一艘沖より差し出してきた。見ると,美しい女人が扇を立て,手招きをしている。これは「射よ」ということなのだろうと,義経は弓の名人那須与一に射落とすこと命じた。若い与一は両軍が見守る中,この大役に決死の覚悟で矢を放ち,見事扇は海に散って,両軍の喝采を浴びたのであった(「那須与一」『平家物語』第11巻)。
 本図は与一がちょうど扇を射切って,紅と金の扇が空へ舞い上がった場面を描いている。「行年六十九歳狩野休圓筆」の落款から,宝永6年の作とわかる。



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