タイトル
屋島

讃州屋嶋源平大合戦之図

讃州屋嶋源平大合戦之図
資料データ
歌川芳虎筆
大判錦絵三枚続
縦37.0 横75.1(cm)
江戸時代
弘化4年(1847)〜
嘉永5年(1852)

 歌川芳虎(生没年不詳)は,作画期を天保年間(1830〜1843)から明治20年頃に求められる浮世絵師。歌川国芳の門人で,一猛斎・錦朝桜・猛斎などと号した。国芳の得意とした武者絵に秀でたが,のち,国芳と不和になり破門されたという。美人画・横浜絵・開化絵などで活躍,明治元年(1868)錦絵師番付では歌川貞秀についで二位であつた。
 大碇を掲げた平知盛など,壇の浦の戦とのいくつかの混乱はあるが,本図は主に寿永四年(1185)2月の屋島における源平の戦いをあらわしたものである。
 画面中ほどには,中一枚をはさんで扇の的と那須与一が,下方には三枚にわたって義経とその忠臣のひとり佐藤継信,そして,義経を弓で狙う能登守平教経が描かれている。このとき教経が放った矢に義経をかばった継信は射られ,義経は大変悲しみながらも継信の手を握ってその最期をみとったのであった。



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