タイトル
屋島

船弁慶図

船弁慶図
資料データ
狩野探原筆 一幅
絹本著色
縦32.2 横51.2(cm)
江戸時代後期

 狩野探原(1829〜66)は,鍛治橋狩野家(初代当主は狩野探幽)の九代目当主。名を守経という。幕府の御用絵師の一人として活躍し,法眼に叙せられた。38歳の若さで亡くなっている。
 本図は,観世小次郎信光の五番能「船弁慶」・謡曲「船弁慶」などで,世間に広まった説話を典拠としている。源頼朝にあらぬ疑いをかけられた義経とその郎党は,都落ちして西国へ逃れようと大物浦(現,兵庫県尼崎市)から船出したが,嵐に遭遇。その荒れ狂う海に,壇の浦で入水した平知盛の怨霊が薙刀をひっさげて現れ,義経をも海中へ沈めんと迫り寄った。しかし弁慶が二人の間に入り,数珠を押しもんで祈りに祈った結果,悪霊を遠ざけることができた。人物表現が細かくなされており,一人ずつきちんと描き分けられている。



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