タイトル
屋島

堀河夜討の図

堀河夜討の図
資料データ
歌川国芳筆
大判錦絵三枚続
縦37.7 横75.6(cm)
江戸時代
嘉永5年(1852)4月

 歌川国芳(1797〜1861)は,江戸後期の浮世絵師。初代歌川豊国の門人で,号は一勇斎・朝桜楼。文政(1818〜29)末の《通俗水滸伝豪傑百八人》の錦絵シリーズが好評を博し,「武者絵の国芳」と呼ばれた。武者絵の他にも,風景画では洋風陰影法を取り入れて新境地を開拓し,天保の改革(風俗上よくないとの理由で,役者絵・遊女絵の売買が禁じられた)に対しては,諧謔味あふれる戯画・諷刺画を描いて反骨精神を見せるなど,豊かなアイディアとバイタリティーを持ち合わせた絵師だったといえる。
 堀川夜討ちというのは,平氏を亡ぼす大功をたてた義経を,兄の源頼朝が讒言を信じて憎み,文治元年(1185)10月,土佐坊昌俊という人物を使って,京都六条堀川の義経の館に夜討ちをかけさせた事件である(『平家物語』第12巻「土佐坊被斬」)。結果は応戦した義経側が勝ち,昌俊は討たれた。以後,頼朝はさらに義経を憎むようになったという。
 場面は,夜討が発覚して,臨戦態勢に入った義経たちのもとに,弁慶が昌俊を引き据えようとしているところである。時間設定が夜なので,背景は薄い灰色だが,人物の身につけている衣装・甲かぶとは大変色鮮やか且つ緻密に描きこまれており,印象的である。



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