七 高松城跡
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![]() 高松城跡艮櫓 太鼓櫓跡に移築された 重要文化財 |
![]() 高松城跡全景 ![]() 高松城跡・月見櫓 ![]() 高松城跡・内苑 ![]() 高松城跡・春の桜の馬場 ![]() 高松城跡・披雲閣玄関 |
玉藻城のこと。天正16年(1588)讃岐の領主となった生駒親正(1526〜1603)によって,築かれた城。三重の堀が取り囲み,その堀には海水が導入されており,海浜等に築かれる『水際城』の代表的存在である。 親正は,当初から讃岐一国を治める居城として築城をはじめ,周囲には配下の武士達や町人達を住まわせ,城下町を形成した。また,城と町の名前を高松とする等,現在の高松市の基礎が創られた。 生駒氏4代の後,松平氏11代が城主となり,明治時代以降には現在の城の主要部(本丸・二の丸・三の丸・桜の馬場の一部)が,高松市の所有となり都市公園・玉藻公園として市民一般に開放されるとともに,国指定史跡となった。 また,重要文化財の指定を受けた櫓や門,五棟がのこされている。なかでも月見櫓・艮櫓は2代藩主・ョ常(1810〜1704)の時代に建てられたもので,三層三階の堂々たる建造物である。さらに三の丸には,江戸時代にあった藩庁の名前・披雲閣を引継ぎ,大正時代に華族・松平家の別邸として建てられた披雲閣が,ほぼ当時のままのこされており,市民の催物に利用されている。 現在も公園内にのこされた堀は,干満に従って海水面が変動し,さらには,クロダイ(チヌ)やボラ等の海水魚を容易に観察できるなど,ほかには見られない独特の雰囲気を持っている。 桜の馬場にはソメイヨシノが植えられており,季節には多くの花見客で賑わう。その時,高松市では夜間無料開放を行い,市民の要望に応えている。 |
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