六 田村神社と一宮寺
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![]() 讃岐一宮・田村神社の拝殿 |
![]() 田村神社随神門 ![]() 近隣の辻堂池より神社を見る ![]() 参拝者で賑わう田村神社 |
一宮町所在の神社。讃岐の一宮として古来より多くの人々の信仰を集めた。また,延喜式内大社でもあり,その格式は極めて高かった。讃岐の守護・細川氏,高松城主の生駒,松平の両氏と各時代の領主の信仰を集めた。 和銅2年(709)の勧請と伝えられる。もともと水を祀っていたといわれ,古くは定水大明神と称されていた。神社の奥殿内には泉があり,その泉には神威をめぐる伝説がのこされている。 その古い歴史にふさわしく,重要文化財の「田村神社古神宝類」や高松市指定有形文化財の「讃岐一宮田村大社壁書」「本小札肩白紺糸威具足 二方白四十八間筋兜」(ともに高松市歴史資料館に寄託され,具足以外は常設展示中)等,多くの文化財が伝えられている。 節分祭等様々な祭礼が執り行われるが,なかでも御蚊帳垂,御蚊帳揚の神事は,他に例をみない特殊神事として有名。また,境内参道では,日曜日毎に市が開かれており,買物に訪れる人も多い。 |
![]() 一宮寺の門 ![]() 一宮寺本堂 |
一宮町に田村神社と並んで所在する寺。四国八十八箇所霊場第八十三番札所として,多くの参拝者が訪れる。 その歴史は古く,開基は義渕とされる。のちに行基(668〜749)によって修復され,さらに空海(774〜835)が堂宇をひろげ聖観世音像を刻んで本尊としたといわれる。 かつては讃岐一宮・田村神社の別当寺であったが,高松藩二代藩主・松平ョ常(1810〜1704)のときに別当職を解かれており,明治維新前に神仏が分離された状態であった。 境内には,一宮御陵と呼ばれる石塔・三基があり,そのうちには宝治元年(1247)の年号が刻まれていたというが,現在は判然としない。なお,石塔は孝霊天皇(こうれいてんのう),倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと),五十狭芹彦命(いそさせりひこのみこと)のものといわれる。 |
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