拾九 大井戸・亀井戸・今井戸
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![]() 失われた亀井戸のことを霊泉の碑がわずかに伝えている |
![]() 現在の大井戸 ![]() 亀井戸跡 ![]() 今井戸跡 |
生駒氏に代わって高松城主となった松平ョ重(1622〜1695)は入府間もない正保元年(1644),城下町の用水を確保するために,水道を創設した。その後,本格的な近代水道が高松に導入されるまで,人々の飲料水をはじめとして生活になくてはならない存在であった。 その水源となっていたのが,大井戸・亀井戸・今井戸等(城下町内の水源は全部で7箇所)で,現在は大井戸(瓦町二丁目)が高松市の史跡に指定されて保存されている以外は,いずれの水源も姿を消している。ただし,大井戸に水神社が祀られているように,亀井戸跡(鍛冶屋町)には同じく水神社が,今井戸跡(磨屋町)には藤森神社がそれぞれ祀られており,僅かに往時を偲ばせている。なお,亀井戸は一般に新井戸と呼ばれ,その規模は南北に33間余,東西に8間余の規模であった。 水源は何れも湧水を元にした井戸であり,井戸から各家々へは暗渠で配水されていた。なお,暗渠に利用された管には,木製のものや土管があった。各家屋では,桶を重ねて造った井戸側に水を導いたようである。 江戸時代の水道施設は全国的にみてもどの都市にでも造られたものでなく,瀬戸内海沿岸に限ってみれば,高松のほかに播州赤穂(兵庫県/1616),福山(広島県/1622),中津(大分県/1620)の三城下町にすぎない。そうすると,高松は早くから水対策が進んでおり,こと水に関する限り,高松の城下町の住民は恵まれた環境下にあったといえるのではないだろうか。 |
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