高松松平藩の文化を訪ねて
 高松は、松平頼重公(徳川頼房の長男、徳川光圀の兄)が1642年(寛永19年)に藩主となり、以来、明治維新まで11代228年間、高松松平藩の城下町として発展してきました。
現在は、支店経済の街としての色合いの強い高松市ですが、今でも、高松松平藩の築いた文化は、公園や茶道、伝統工芸品などとなって城下町の風情と街並み文化が、いたるところに残っています。
 関連サイトリンク集

栗林公園
特別名勝として天下に誇る珠玉の名園。
玉藻公園
日本三大水城にして、歴代藩主の居城
法然寺
歴代藩主の菩薩寺。涅槃堂に安置される寝釈迦仏は見ごたえあり
伝統工芸品・民芸品
保多織、香川漆器、高松張子などはこちらから
盆栽
高松市鬼無町は日本一の松盆栽の里です。
武者小路千家
流祖、一翁宗守を始め、歴代家元は讃岐高松藩の茶道指南をつとめました。
水任流保存会
高松藩では水任流は讃岐の泳法として、居合・太刀・槍などの武芸とならんで藩士の間で修練されてきました。
中條文化振興財団
讃岐・香川の文化の継承と創造に寄与していくことを目的として設立され、その拠点として公開の茶室「美操庵」「晴松亭」が建設されました。
高松の埋蔵文化財
発掘調査速報が掲載されています。
高松市歴史資料館
高松藩士由緒録をご覧ください。
(社)彦根観光協会
高松藩十一代藩主頼聡公に、井伊大老の次女、弥千代姫が御輿入れ。
会津若松観光公社
会津藩は、高松藩、彦根藩とともに、徳川幕府を支えた常溜大名(江戸城溜間において、老中と政務について話し合う大名の内の常任大名のこと)。