平成19年度

●「アトムのいない水の世紀に」(3月1日号掲載分)

 21世紀は、「水の世紀」とも「環境の世紀」とも言われています。水の問題をめぐって、戦争が起こると予測する人もいるほどです。それだけ、水や環境の問題が深刻化しており、国際的な関心事となっているのです。今年7月に開催される北海道洞爺湖サミットの主要テーマも、地球温暖化を中心とした環境問題です。
 40数年前、小さいころの私が夢見ていた21世紀という未来は、超高層のビルが建ち並び、高速道路が縦横に走り、空飛ぶ自動車が滑空していました。当時のアニメ「鉄腕アトム」(原作では2003年生まれ)で描かれていたように、科学技術の発達により、便利で快適で、みんなが豊かで幸せな世界を21世紀として子ども心に思い描いていたように思います。
 しかし、現実の世界はそうはなりませんでした。科学技術の進歩は必ずしも人々の幸福には結びついておらず、開発行為や生産活動により、経済的な豊かさを手にした反面で環境の汚染や地球温暖化の問題などが顕在化してきました。アニメの中では、鉄腕アトムが宇宙の外敵から地球の平和を守ってくれていましたが、現実には、「石油の世紀」、「戦争の世紀」といわれた20世紀に始まった大量生産、大量消費、大量廃棄の生活を人類自らが拡大してきた結果、資源の枯渇と環境の破壊によって、自らの生存の基盤まで脅かされるようになったと言うと言いすぎでしょうか。今、私たちには、持続可能な資源開発や循環型の資源利用を基本とするライフスタイルへの転換が求められていることは、多くの識者が指摘しているところです。
 こうした中で重要な要因となるのが水環境の問題だと言われています。昔から少雨の気候とその地形ゆえに、水不足に悩まされ、ため池が数多く存在する本市にとっても、改めてこれからの水との付き合い方を徹底的に考察していくことが、非常に重要となっています。そのようなことから、先日、本市出身で我が国の環境経済学のパイオニアである植田和弘京都大学教授に会長をお願いして「高松水環境会議」を立ち上げました。
 鉄腕アトムが街や地球を守ってくれるわけではありません。自分たちで考え、行動するしかないのです。水の世紀に、本市が持続可能性をより高めるようなまちづくりをしていくにはどうしたらいいのか、水環境の面から大いに議論していただき、示唆に富んだご提言をいただきたいと思っています。

●「子(ね)の年の少子化対策」(2月1日号掲載分)

 平成20年、新しい年が始まりました。
 干支も改まって最後尾の亥(い)年から、ふりだしに戻って先頭を行く子(ね)年です。
 「干支の子(ね)」と「子どもの子(こ)」は、字が同じでもその成り立ちは全く別系統だそうですが、ねずみは、子どもをたくさん産み、成長するという事から「増える」という意味で縁起がよい干支として親しまれています。
 わが国の最大の課題、懸案事項は少子化です。少しでもこの干支にあやかって、子どもが多く生まれ育つような年になれば素晴らしいのですが、現実はそう簡単にはまいりません。
 高松市でも、より良い子育て環境の整備を目指して、ファミリー・サポート・センターの開設やブックスタート、フードスタートを始めとした各種事業などの展開を行っていますが、最終的には、地域社会において、みんなで子どもを大事に育てよう、協力して子育てに力を貸そう、という共通理解ができることが肝心だと思っています。
 その意味で、東京大学の神野直彦先生に教えていただいた、スウェーデンの中学校の社会科の教科書に載っている私の好きな詩をご紹介しておきます。以前、皇太子殿下が感動され、発表されたことでも知られる詩です。
 多くの市民の皆様に、地域の子どもに対して温かい目を注いでいただきたいと思います。

子ども    ドロシー・ロー・ノルト

批判ばかりされた 子どもは
非難することを  おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる
笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる
寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる
賞賛を受けた 子どもは
評価することを おぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる
友情を知る 子どもは
親切を おぼえる
安心を経験した 子どもは
信頼をおぼえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

〔出典・『あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書』(新評論)〕

●「真魚(まお)の夢のごとく」(1月1日号掲載分)

 幼名、佐伯(さえき)真魚(まお)。ご存知、我が郷土の生んだ偉人、空海(弘法大師)です。
 延暦7年(788年)、15歳の少年真魚は、生まれ故郷である讃岐の国を出て瀬戸内海を渡り、畿内へ行っています。それから、ちょうど1200年の歳月を経て、昭和63年(1988年)4月、瀬戸大橋が開通しました。今年は、それから20周年記念の年です。真魚は、瀬戸内海を船で渡ったとき、どんな夢を持っていたのでしょう。まさか空海にしても、ここに橋が架かるとまでは夢見ていなかったと思いますが、今年行われる様々な記念イベントの機会に、空海の時代の瀬戸内海、四国や畿内の様子について思いを馳せながら、夢の架け橋の次の夢を見るのも面白いかもしれません。
 延暦23年(804年)、出家得度した31歳の空海は、遣唐使の一行に加わり、唐の都・長安に入ります。そしてわずか2年足らずで真言密教の第八祖となり、大同元年(806年)に帰国します。その時に唐から持ち帰ったのが起源だと言う説もあるのが「うどん」です。その「(讃岐)うどん」にちなんだ一大イベント「世界麺フェスタ2008inさぬき」が今年、高松市と善通寺市をメイン会場にして開かれます。西アジア原産の小麦が中国で加工され、うどんやラーメンの原型になり、それが西域で乾麺となり、シルクロードを通じてさらに西に伝わりイタリアでパスタになった、という薀蓄(うんちく)は、聞いているだけで食欲が湧いてくる話です。今から楽しみにしています。
 承和2年(835年)、62歳で空海が入定(にゅうじょう)した後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めたのが起源という四国八十八ヶ所巡りを世界遺産に登録しようという動きも、今年はさらに活発になってくることでしょう。本登録までには様々な課題があるようですが、札所、遍路道の保存や修景・再整備、案内板の設置など、四国全体で共通の夢を追って力を合わせていくことに大きな意味があると思います。
 平成20年(2008年)という新しい年が始まりました。
 年の初めぐらい夢はでっかく持ちたいものですね。そう、真魚が見ていたであろう夢のごとく。
  (参考文献)「空海の夢」松岡正剛(春秋社) 「空海の風景」司馬遼太郎(中公文庫)

●「音楽の力」(12月1日号掲載分)

 お付き合いをしだして、かれこれ40年近くになるでしょうか。
 最初に音楽というものを意識して聴くようになったのは、小学生四年生の時です。担任の先生から当時始まったNHKの「世界の音楽」という立川澄人さんと黒柳徹子さんが司会をしていた音楽番組を見るように言われて、一生懸命視聴しました。見ていないとクラスの話題についていけないような雰囲気があったことを覚えています。
 それからレコードプレーヤーで、音楽なるものを聴くようになり、中学生になると親のすねを大きくかじってステレオセットをそろえ、レコードも小遣いで毎月買い増していきました。
 中学・高校のころは、当時の若者に流行していたフォークソングやロックミュージックばかり聴いていました。中学二年生の時に最初に行ったコンサートは井上陽水でしたし、矢沢永吉率いる全盛期のキャロルや洋楽ではサンタナのコンサートなどにも出かけました。
 音楽の趣味も年齢や周辺環境とともに変化していくのか、大音量でハードロックやプログレッシブロックばかりを聴いていた私が、社会人になるとジャズ一辺倒となり、今では、専(もっぱ)らクラシック音楽で、それも落ち着いた室内楽・器楽曲を中心に聴いています。
 聴きたい音楽というのは、その時々の自らの身体が求めるもののようにも思います。だから、TPOに合わせて、好きな音楽、聴きたい音楽を聴くことは、身体にも良いことなのでしょう。今日では、様々な音楽療法が医療行為の補完的なものとして実践されていることがそれを証明しています。
 私のマニフェストに「芸術と文化のまち・高松」を目指して「音楽イベントなどを支援し、楽しいまちづくりを進めます」とあります。「高松まちうたプロジェクト」も順調に進んでいるようです。また、平成22年3月には、第二回高松国際ピアノコンクールの開催が予定されています。さらに市民のみなさんから、今後、実施したいという様々な音楽イベントの企画もお寄せいただいています。
 「音楽の力」でまちが元気になる。そうなれば、音楽好きとしてこんなに嬉しいことはありません。

●「いざ里山」(11月1日号掲載分)

 あまり知られていない高松の美しい風景で、私のお勧めの一つが、東植田から菅沢へ上がっていく道から北向きに高松市内を眺めたものです。夕暮れ時には、条里制の跡の残る田園風景を下地にして、メサやビュートと称される特異な山容を呈した山々を夕日が黄赤に薄く染めながら照らし出し、郷愁をそそるほのぼのとした景色が目の前に広がります。高松でも、このような田圃(でんぼ)里山がそれぞれの地域の人たちの様々な努力により守られながら残されてきているのが分かります。
 里山とは、人間が定期的に手入れをすることによって保たれている、土地の生産が持続的で、生物多様性も高い身近な山林の総称だそうです。日本では、古来、地域共同体で手入れをしながら、これを守り育ててきました。
 現在、市内では、屋島を代表格として勝賀山、紫雲山、浄願寺山、堂山、日山、峰山、六ツ目山、実相寺山など多くの里山で様々な活動が行われており、中高年を中心とした有志が香川県里山ボランティアガイド組合を設立し、ボランティアガイドとして案内をしてくれるようになっています。また、今年4月にはNPO法人格も取得されています。
 地域共同体の里山保全の機能が低下している中、里山ボランティアガイドの人たちの活動がそれをカバーし、保全がなされること自体が有意義であることは言うまでもありません。その上、このような活動は、地域住民が身近な自然を見直す大きなきっかけにもなり、中高年の健康づくりに、そして未来を担う子どもたちの環境教育にも大いに役立つこと間違い無しで、これからも活動支援を通じて振興を図っていくべきものだと思っています。
   また、里山とその保全活動は、中高年の生きがい対策ともなり得るものだと思います。 今後、団隗の世代の大量退職時代を「中高年の地域デビューのチャンス」として捉え、この里山を誘引の強力なコンテンツとしてUターン、Jターン、Iターンを呼びかけていきたい、とも考えています。
 高松の里山の魅力を積極的に発信、PRして、「いざ屋島」とか「いざ堂山」などの気概を持った、いわば「里山御家人衆」にたくさん来てもらえれば有難いと思っています。

●「頭の中が一番広い」(10月1日号掲載分)

 夏目漱石の「三四郎」の中に、次のような一節があります。
 『「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より・・・・・・」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
 「日本より頭の中の方が広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだ」』

 三四郎が熊本から東京に向かう汽車の中で一緒になった男の言葉です。
 熊本→東京→日本→頭の中と繋(つな)がる発想は、日本全体のことや海外事情を頭の中で想像するしかない明治期の時代背景も感じさせますが、人間の脳の無限の可能性を示唆してくれているようで元気が出てきます。そして、同時にどうしてもささいな身内の事情にとらわれがちになる我々の思考は、かえって「贔屓の引き倒しになるだけだ」と戒(いまし)めてくれているのです。
 すべての人の頭の中は、生きている限り、それぞれが無限大に広いはずです。だって、頭の中では毎日違う景色が見られるのですから。
 その頭の中と同じぐらい広くなってきたと思われるのが、インターネットの世界です。特に、グーグルという「世界中の情報を組織化する」ことをミッションとして自らに課している会社(注)が出現してからは、異次元の段階に入ってきたような感があります。
 例えば「グーグル・アース(Google Earth)は、我々のパソコンの中に巨大な地球儀と天空から地上を見るズーム付望遠鏡、それに自分の家の屋根瓦まで識別できる顕微鏡を備えているようなものです。しかも、それが無料で提供され、世界中のどこでも住所やキーワードで自動的に天空からズーム・インしてくれるから驚きなのです。インターネットの高度化により、パソコンの中も相当広いものになってきています。
 でも、パソコンは、思い悩んだり、ひらめいたり、夢を見たりはできません。やはり、私達の頭の中が一番広いのではないでしょうか。
 読書の秋です。本を読むことにより、秋の澄み切った青空のごとく、更に頭の中を広々とさせてみませんか。

(注)参考・「ウェブ進化論」梅田望夫 2006年ちくま新書

●「市民遠泳大会」(9月1日号掲載分)

 「本当に泳ぎきったのですか。凄いですね」と何人かの人から心配されながらも、お褒めの言葉をいただきました。私が、去る7月29日にあった市民遠泳大会に参加し、完泳したことが報じられたのを見てのことです。
 この遠泳大会は、明治37年から続いている、まさに歴史と伝統のある行事で、高松市の夏の風物詩の一つといってもいいでしょう。そして、小学生のころ、水泳の選手だった私の憧れの大会でもあり、大人になったらいつか出てみたいと思っていたものでした。
 もちろん、そんな思いはとっくに記憶のかなたに消えていたのですが、6月下旬に市のホームページを何気なく見ていて、案内を発見し、とっさに申し込みをさせていただきました。主催の高松市水泳協会の関係者によると、市長本人が泳ぐのは史上初ではないかということで、たいそうありがたがっていただきました。
 曇り空の穏やかな夏の休日。沖を行くヨットの帆が映える瀬戸内海。大的場海岸からサンポートまで、約1.5キロメートルを、船に先導されながら、小学生から最高齢73歳まで50人の参加者が、帽子の色を揃えた隊列を組んで泳ぎました。
 思ったより波が高く、若干苦労はありましたが、差し入れの氷砂糖を口に含みながら、ハンドマイクの「エ〜ンヤコ〜ラ」の掛け声にあわせて声を出しての遊泳中は、すっかり無邪気な童心を取り戻していました。
 そして、日ごろからスポーツジムで鍛えていた甲斐もあって無事、泳ぎきることができました。
 感想は、「気持ち良かった」の一言。この夏一番の思い出となりました。

●「文化の重視」と「人間性の回復」(8月1日号掲載分)

 高松市長選挙に当たって、私が「イノベート高松−夢と誇りを持って!」というキャッチフレーズとともに掲げた政治理念が、この「文化の重視」と「人間性の回復」でした。
 私が、この言葉に出会ったのは、昨年の秋。市長選挙立候補の打診を受けて、その調整のために東京から香川の実家に帰っていた時です。亡父の書棚にあった故大平正芳元首相の演説集「永遠の今」の表紙をめくった扉のページに次のような言葉が記されていたのです。
 『私は、このように文化の重視、人間性の回復をあらゆる施策の基本理念に据え、家庭基盤の充実、田園都市構想の推進等を通じて、公正で品格のある日本型福祉社会の建設に力をいたす方針であります』
 故大平正芳氏が総理大臣として最初に行った所信表明の一節です。「そうだ、これだ」と思い、私自身もやもやしていた気持ちが晴れて、先に一本の道を見出せたような気がしました。
 「夢と誇り」もそうですが、現代社会が効率性やスピードを追い求めるばかりに、ややもすると忘れがちになる視点であり、言葉だと思います。「こういう言葉を久しぶりに聞いたような気がする」とか「こういう言葉を聞くとほっとする」という感想を数人からもらいました。
 先に実施した帯広市との「愛と幸福の交流」も、最初は私自身、気恥ずかしい思いもあったのですが、結果、老若男女を問わず、多くの人たちが受け入れて評価していただきました。
 政治において「言葉」は、決定的に重要です。その意味でも、私の政治活動の入り口で、この「文化の重視」と「人間性の回復」という理念、言葉に出会えたことは、まさに「セレンディピティ(偶然による思わぬ幸運との出会い)」だったと感謝しています。

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